第5話 インドに『焼骨』を納める墓は無い

 王宮の避暑地街‐ミイライ‐


 そこは、墓の無い街であった。伝染病や奇病とは未だに無縁に見える煌びやかな露店の数々。大通りを行き交う馬車が近代の日本でないことを物語っていた。


 その街路の一角に、ボーイッシュなベリー ショート 髪型ヘアの少女が忽然こつぜんと姿を現した。夏服のブレザー。胸元には えんじ色 の大きめなリボンが結ばれている。


 彼女が大きく後ろを振りかぶると、黒い前髪と一緒にチェック柄のスカートがふわりと広がった。その後ろでスタイリッシュな馬車が、音を立てながら過ぎて行った。


「えッ………。 うそ、帰り道………?!」 



 その奥では 波音が鳴り、水面が光り輝いていた。

先ほど通ってきた道は、最早もはやどこにも無かった。


 手には、この国の第3王子宛に掛かれた手紙がある。

それを見ると、やはり夢ではなかったのだと、確信を持った。

 

 翁の面を被った人物に、お使い事を頼まれたハズだった。

すぐに帰れるような口ぶり。嘘なんて微塵も感じさせなかった。なのに・・・。


「だまされたー!」


 彼女は、いま一度、思い返してみた。

人が良さそうな お爺さんのような声が、よみがえってくる。




 ―――この部屋を出ると『夏の離宮』と呼ばれる建物があるんじゃ。そこで、くつろいどる若い王子様に、この手紙を渡してきてはくれんかの? なに、簡単なお使いじゃ。手渡してくれるだけで、えぇんじゃよ。頼まれてはくれんかのぉ?―――


「私、やるよー!」


 そのお爺さんは自分の事を[神様]と名乗り、『間違ってこの世界に召喚してしまった。迷惑をかけたお詫びに、なんでも願いを叶える』と言ってくれた。5歳の頃より夢中で目指していた [オリンピック種目のトライアスロンで金メダル] を約束してくれた。 だから、気をよくしてしまったのだ。もう少し、よく考えるべきだった。


 出口を指差され、彼女は勢いよく [白い部屋] から駆け出していった。


 ◇


 彼女は、再び駆け出した。元来た道へと―――。


 運悪く、その街路を馬車がやってくる。飛び出してしまった少女。


 御者は、急いで馬車を止める。ヒヒーンッ!と2頭の馬が鳴く。

 目の前で、馬のひづめが舞い上がる。彼女は身を縮めて難を逃れた。


「バカヤロー! 死にたいのかッ!!」


 御者は、当たり前のように怒鳴ってくる。

その馬車から慌てて、彼女と同じ年齢くらいの女性が駆け寄ってきた。


「大丈夫? 怪我、しなかった?」

「あ、はい! 大丈夫です!」 彼女は、怯えた表情で女性を見上げた。

「そう、それは良かったわ。でも、これからは気を付けてくれないかしら?」


 笑顔で、手を差し伸べてくる。少女は、立ち上がり手を握った。


「変わった服装ね。どころから来たの?」

「わっ、私、虎梅フーメイと言います。日本から来ました!」


「ふーめい? 変わった名前ね。私はマリカ・ベネットよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします!」

「ふふっ。……ところで、 [にっぽん] って、知らない国名だわ。

 どの辺りにあるのかしら?」

「えー、と。あっち?」


 そう言って、自分が駆けだした先を指差した。


「そう。東方から来たのね。

 ここは、活気があって、賑やかな街よ。

 楽しんでいってね」


「あ、はい。ありがとうございます」


 虎梅は、脊髄反射のようにマリカへお辞儀をした。それよりも、訊ねたい事は山のようにあったのに。心臓がバクバクと音鳴り、失念してしまっていた。ただ、ぼんやりとマリカの後ろを見ているだけだった。


 御者は、眼を白黒させて ふたりを見ていたが、慌てて座席より降りる。


「お嬢様、お怪我はございませんか?」とマリカに訊いている。

彼女はそれを手で制し、「ごめんなさい。もう行かなくっちゃ」と虎梅に言って、足早に馬車へと乗る。


 御者は、虎梅をにらみ付けると手綱たづなを引いて馬車を走らせていった。


 茶色い髪に青い瞳。初めて外国人と話をした事に感動を覚えていた。

ただ、どうして日本語が通じたのか? その時は何も気にしてはいなかった。


 その後、虎梅には数々の至難が待ち受けていた。


 妙な風貌を衛兵にとがめられ、追いかけっこがはじまった。持ち前の持久力が試される格好となった。父から受けた厳しい鍛錬が生かされる形となった。


 だが、あとを追う衛兵は次第に増えていき、気付けば虎梅は『夏の離宮』と呼ばれる宮殿に迷い込んでいた。


 そこで彼女が偶然に見たものは、――第3王子の入浴シーンだった!――

王子の鍛え抜かれた筋肉から目が離せず、悲鳴のような王子の声に [宮仕え] が驚き駆けつける。そこで彼女は、あっけなく 取り押さえられてしまい、牢屋へ。

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