第153話 懐かしの味と好物

「リュートくん、寒い」


 当然と言うべきか、まだ肌寒い季節なのに厚着もしないで上空へやってきたシャルは、本当に寒そうであった。


「寒いって……。なんで厚着して来ないのさ」


「……そこまで寒くないかなって、思って」


「はぁ。はい、これ着て」


 とりあえず、異空間収納から、俺のローブの劣化版、温度調節だけが付与されたローブを取り出し、シャルに渡す。渡す、と言っても、今シャルを抱えている状態だから、ローブを指先に引っ掛けているだけだから、シャルに取ってもらうだけなのだが。


「……着れない。リュートくん丁寧に飛んでくれてるのはわかってるけど、この体勢じゃ着れないし、そもそも安定しないの」


「……」


 まぁ、そうだろうな。とりあえず、下を見下ろす。辺りは草原。その中に一筋の線。ただの道途だ。街道と言うにはあまりにも狭い道。帝都からかなり離れているから、使う人の数も減るし、道も狭くなる。


「まぁいいか。草原も広がってるし、ここで軽くランチとしよう」


 と、とりあえず道から少しズレて草原の方へ寄り、降下する。


 ――スタッ


「はいよ」


「ありがとう」


 シャルを丁寧に下ろし、周りをキョロキョロと見渡す。


「上からじゃ分からなかったが、所々花が咲いているな」


「そうね。少し遠くの方が、花畑って感じかするわね」


 シャルはローブを羽織りながら言う。


「……あっちに行くか?」


「行かないわ。めんどくさいもの。私はリュートくんがいればそれでいい」


「さいですか。……まぁ、お座りください、姫」


 シャル様からありがたいお言葉を頂いたので、軽く茶番を繰り広げる。そのまま直でシャルを座らせる訳にもいかないので、土魔法で軽くベンチを製作し、2人で腰掛ける。


「うん、苦しゅうないわ」


「……皇子をこんな扱いできるの、帝国内で皇族以外でシャルだけだよなぁ」


「ふふっ、ありがとう。それで、何を食べるの?」


「ふふーん。これぇ」


 俺が自慢げに取り出したのはドラゴン肉。いつだったか、帝都に攻めてきた、アルの番のドラゴンの肉だ。まだ全然余ってるし、ここで消費してしまおうという魂胆だ。


「ッ! これ、ドラゴン肉じゃない! いいの? 私たちだけで食べちゃって」


「大丈夫大丈夫。ここで食べたところで全体の1割にすら満たないし。誰も何も言わないよ」


「そ、そう。それにしても随分手際がいいわね……。いつの間にそんなの用意したの?」


「親方に作ってもらたんだ。これで肉を美味く食えるぞ」


 親方に作ってもらったBBQコンロを取り出す。もちろん中には既に木炭が入っているので、火魔法で着火すれば、後は火力調整を頑張るだけ。網はなんとミスリル製。鉄製だと肉が引っ付いたりしてしまうため、実験の末、ミスリルを使うことにした。


 もちろん焼肉のタレなんてものは無いので、使わない。ドラゴン肉はそのまま焼いても十分に美味いのだ。元々味がついているのかと錯覚するほどに。


 しかし、そんな肉をさらに美味くする調味料を開発してしまったのだ。そう、異世界版ほり〇し。前世では、BBQの際お世話になったほり〇しを再現したくて、交易担当の大臣に頼んで、各国からスパイスや調味料を取り寄せて、試行錯誤の上、作り上げたのだ。


 もちろん、本家がどんなものを使っているかなんて知らないので、ゼロから作り始めたのだ。


 俺小さい頃から取り掛かっていた事だが、つい数週間前に、完成と呼べるほどに完成度が高いものが出来たので、生産の目処が立ち次第、売り出そうと考えている。ただ、少し値段が張るので、貴族向けになるかなと思ったりもしている。


「……ッ! なにこれ! すごく美味しい!」


「喜んでもらえてよかったよ。……うん、美味いな!」


 普通に塩を振って食べたり、何もつけないで食べるのもありだが、これは美味い。30種類以上の調味料等を混ぜた甲斐が有る。ゼロから作ったからか、前世のものよりも味が深く感じる。


「どんどん食って良いぞ。肉は腐るほどあるからな」


「ありがとう! でも少し喉が渇いたかな。リュートくん、お水ちょうだい」


「わかった。はい、これ」


「……?」


「どうした?」


「私は、ね。水魔法でお水を出してって言ったつもりだったんだけど、これは何?」


 どうやら、俺が出した飲み物は不服だったらしい。何がいけなかったんだ? シャルの好物のはずだが……。


「モモンの実を絞って、水、ハチミツ、レモンを少し混ぜたジュースだが……」


 モモンの実とは、前世で言う桃。言うなれば桃はシャルの好物なのだが、そのまま絞っただけでは味気ないので、アクセントとしてハチミツとレモンも足したのだ。ただ、味濃くなってしまったので、少し水で割ったのだ。


「なんで今まで隠してたの! これ、これからたくさん作って置いて! おいしい!」


「そ、そうか。そりゃよかったよ」


 どうやら、シャルのお口にあったようだった。


 すると……


「随分と良いものを使っていますねぇ? この私に売るつもりはありませんか?」


 俺たちの邪魔をする者が現れた。

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