第148話 覚醒の時


「えっ、本当にいいの?」


「はい、現在ここは第3皇子殿下名義で貸し出されているので、その時間帯は殿下がお好きに使って貰って構いません」


 ディアナと共に前座として手合わせでもしようかという話になった。しかし、勝手に闘技場を使っていいのか疑問に思い、運営に聞いたところ、今のような返事が返ってきた。


「じゃあやるか。ディアナ、俺は着替えるから先に行っててくれ」


「はいっス」


 ディアナはいつでも戦えるよう、伸縮性のあるメイド服を着ているのでそのまま戦闘に臨むことが可能だが、俺は観戦だけしに来たので、正装とはいかないまでもちゃんとした服装なので、着替える必要があるのだ。


 ◇


「おまたせ」


「あれ、随分と早いッスね」


「着替えるだけだからな。とりあえず準備体操でもしよう」


 俺は普段訓練で使っている服を異空間収納に仕舞っているので、それを取りだして着替えた。バンツは黒色の長ズボン。転んで怪我でもしたらいけないと母上に言われたので長ズボンを履かされている。ちなみに、これも伸縮性抜群なので動きに支障はきたさない。上着は白の長Tシャツ。こちらも同様母上の言いつけ通り長袖を着用。また伸縮性抜群だ。


「あとこれ。はいっ」


「っとと。これは手袋ッスか?」


「あぁ。魔道具だ。これを使った方が楽しいぞ」


 魔国に行く前に作った、特製手袋。魔絹出できているので、魔導率は高い。効果は主に衝撃反転が付与されている。殴った時、殴った側にも来る衝撃をそのまま相手側に跳ね返す付与魔法だ。威力は2倍とまではいかないまでも1.5倍位強くなるんじゃないかと思っている。


「わかったッス。それにしても人が増えてきたッスね」


「あぁ。外で宣伝してるらしいぞ。この後のディートリヒ達の一戦を見るチケットを持ってなくても俺たちのエキシビションマッチを見るチケットを買えば入場できるよう手配したらしい」


「はぇ。リュークハルト様は人気ッスね。模擬戦をするだけでこんなに人が集まるなんて。金儲けし放題ッス」


「主を客寄せパンダにして金稼ぎを考えるな」


「痛だっ」


「そろそろだ。準備しろ」


 リングの中央付近で話し合っていた俺らは互いに距離を取り、構えを取る。そして、真上に向けて水を少量発射させる。


 ――シュッ



 ――ビチャッ


「ッッ」


 速いな。


 水が地面に落ちた瞬間、ディアナが踏み込み、一瞬にして10数メートルの距離をほぼゼロにする。


「………」


「あれっ、躱されたッス」


「破っ」


「おわっ、っととと」


 ディアナの右ストレートを半身をずらすことで躱し、左頬に右ストレート返しをしようとすると、体を仰け反らして避けられる。


「……やるなぁ」


「危なかったッス」


 なんて軽口を叩き合いながらも攻防は終わらない。


「お、おい、あの二人ってまだ子供、だよな?」

「あ、ああ。皇子様ってあれくらいの強さがなきゃなれねぇのかよ」

「み、見えねぇ……」


 観客が驚いている間もディアナと俺の攻防は続く。


「いいぞ。その調子だ」


「随分とっ! 余裕そうっス! ね!」


「あぁ、余裕だからな」


「……」


 ただ殴るだけではなく、目線によるフェイント、殴るタイミングをずらす、足技、あえてベストでは無い選択肢を取って混乱させる等々、ディアナのレベルはかなり上がっている。


 最近、知らず知らずのうちに闘之帝から闘之神になったので、闘いなら誰にも負けない自信がある。技術で闘うならもっとだ。


 ディアナの攻撃を体を傾けて躱したり、手の平でいなしたり、ディアナの攻撃を食らわないようにしているが、疲れを知らないのか、段々とその攻撃は鋭くなっている。


 特製手袋を貸してあげたばかりに、下手に攻撃は受けられない。多分、かすっただけでも結構痛いだろう。


 ちなみにいなす時、手の平は痛くはない。ディアナ拳を包むようにサイドに流しているから、衝撃が来ないのだ。0は何倍しても0であるように、手袋をしたところで、当たらなければ意味が無いのだ。


 仮に手袋を装着した手同士でぶつかれば、力がその場で反発しあい、爆発でも起きるんじゃないかと思っている。


「そろそろいいんじゃないか? 獣化使っても」


「大丈夫だ。今の俺にはお前は止まって見えてる」


「わ、わかったッス」


 ディアナが獣化を渋った理由。それは……


「グルァァァァァ!!」


「……まだダメか」


 そう、最近制御が出来ないらしい。本人曰く、獣化がひとつ上のランクに昇華しそうらしい。もし昇華したなら獣化の百倍は下らない程の力を手にし、それを意のままに制御できるようになるらしい。獣王国の獣王が使う獣神化と言うやつになるらしい。


 制御を失ったディアナはそのまま獣の姿、虎になった。大きさは軽く5mはあるであろう巨体。


「やってやるッス」


「……まじ、か」


 今までこの状態になると、吠えることしか出来なかったのに喋れるようななっている。


「やってや……グルゥ」


「いや、いいぞ。その調子だ」


 今の俺はあえて攻撃はせず、ディアナが制御出来るまで待つ。


「グル……ダメっス。ウチが、自覚を持っている自分で戦うッス」


「……」


 自分の中の何かと闘うディアナ。その巨体は小刻みに震え、怒っているようにも武者震いをしているようにもあるいはその両方が混ざっているようにも見える。


 そして、ディアナの中の何かとディアナが体の主導権の奪い合いをしていると、ディアナの体がどんどん小さくなる。勝ったのだろうか。


 果たして、俺の目の前には、いつも通りのディアナがいた。しかし、漂う風格はいつもとは格別。メイド服は着用しているようだ。さすがファンタジー。


「――獣神化!!」


「ぐっ。まだ存在感を増すのかっ!?」


 どうやら獣神化を得た獣人は種族としての格が上がるらしい。鑑定しても獣人族のままだが、ディアナの中では何かが変わったのだろう。


「いいだろう。俺も本気で闘う。――魔人化」

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