第94話 本人登場

「すまない。魔法も効かないんだ」


 青年の姿をした魔族、アーロンはその顔を絶望の色に変えた。


「ユーリ殿!何をやっておられるのですか!!」


 アーロンに向けて叫ぶ声が聞こえる。


 そちらに視線を向けると、60歳まではいかないであろう見た目の小太りのおじさんがアーロンに向かって叫んでいた。


「貴様、こいつと同じ外見のやつと知り合いか?」


 俺はアーロンの首を左手で抑え、持ち上げながら聞く。「グギギギ」などと言っているが、無視だ。


「は、はい。彼は、ユーリ・フォン・ターリッシュ殿です。ターリッシュ男爵家の当主であるお方です」


「ほう?有用な情報提供感謝する。……で、アーロン。ターリッシュとやらをどこにやった?」


「グギギギッ!いヒヒヒ!」


 アーロンはニヤニヤと笑いながら自分の口を指さす。


 食べたということだろうか?


 魔族は食べた相手の姿かたちを真似ることが出来るのか?いまいち条件などが分からないが、かなり有用な能力だな。


「そうか、食べたか。じゃあ、お前も食われろ。俺の魔法に」


 俺はそう言いながらアーロンの顔に右手を添える。


「――《氷結》」



 その瞬間、俺は左手を離し、右手も離す。すると、アーロンは頭から足にかけ、氷漬けになった。そこまで本気で凍らせてないから、アーロンの身体の内部までカチコチになってることなんてないだろう。


「ふぅ。とりあえずはこんなもんか」


 それにしても、魔族ってすげぇな。ゼロ距離で俺に打ち込んだ魔法、無詠唱だったよな。明らかに人族とはスペックが違う。


「すごいな、リュークハルト。相手のことでわかったことはあるか?」


「父上。……わかったこと、ですか。アーロン、あの魔族の名前なんですけど、多分、ターリッシュ男爵のこと食べてます。後、喋っていなかったですね。いや、喋れないのかも」


「そうか。それだけ分かれば十分か。しかし、魔王側は我々に敵対の意思があるとみて良いと思うか?」


 どうだろうか。本当に敵対の意思があれば、油断している今のタイミングでもっとたくさんの兵を送ってくるはずだ。だから……


「そう、ですね。敵対の意思云々に関してはよく分からないですが、今回は小手調べのような気がします。とりあえず魔王の元へ向かう使節団の人数は少なくした方が良さそうです。とても守りきれません」


「そうか。ではそうするか」


「は――」


 ――ピキピキ


 はい、そう言おうとした瞬間、氷漬けされているアーロンの周りの氷にヒビが入り始めた。


 そして


 ――パァァン!


 完全に氷が砕け、中からアーロンが出てくる。


「クハハハ!なかなか強い魔法であったが、余の前では効かン゛!」


 なんと、氷からでてきたアーロンは喋り始めたのだ。先程までゴブリンみたいな声しか出さなかったのに。


 ◇

 名前:アーロン

 年齢:78

 種族:魔族

 状態:憑依中(魔王)

 ◇


 魔王、ね。ほんとにすげぇな魔族。憑依とかもできるんだ。やるじゃん。


「それで?魔王サマが直接何の用だ?」


「ま、魔王!?」

「い、今なんと?」

「で、出たァ~!」

「に、逃げろ!」


「いや、何。貴様が余の天敵と成り得ると天啓を受けたので、試した次第だ。しかし、あの程度の魔法で、天敵など、笑わせる。余の足元にも及ばんな」


 いや、本気じゃないんだからいいじゃんか別に。


「リュークハルト……」


「そうですね。尋問とかしようと考えてたんですが、とりあえずあいつを完全に殺します」


 そう言って、俺は一瞬でターリッシュの姿に化けたアーロンに憑依した魔王(以下魔王)の正面に一瞬で移動し、もう一度同じことをする。


「グッ、この程度ッ」


 俺に首を捕まれ、苦しそうにする魔王。そして、両手で、頑張って俺の腕を掴む。


「――魔人化」


 瞬間、俺の背中からは一対の黒い羽が生え、額からは2本の角。更には尻尾も生え、体の強度、思考速度、魔力量などが一時的に爆発的に上がった。


 闘技大会の時よりも力を解放したせいか、ローブからチラチラ見える腕からは鱗が見える。完全体はどんなのかわからんが、この鱗によって体の強度は増しているのだろう。


 魔王は、俺の腕からは逃れられないと悟ったのか、必死に、爪を立て、俺の腕に傷をつけようとしている。


「無理すんなって」


「ひ、ヒィ!」


「――《氷結》」


 今度は魔王の体の内部から凍るように魔法を使った。


 先程は頭から足にかけて凍っていたが、今度は徐々に魔王の体が冷え、最後は氷となった。


「死ね」


 ――バァーーン!


 凍った魔王の体にパンチを喰らわせれば、その体は砕け散る。


「ご苦労であった。して、魔王は?」


「おそらくは本体に逃げたかと。次は絶対に―」


「良い良い。あくまで外交だ。殺しに行く訳では無い」


「そう、ですか。わかりました」


 そうして、父上と今後の展開について相談していると、謁見の間の扉が勢いよく開いた。


「邪悪な魔力を感じたのだが、まさか魔王が現れかの!?」


 アルだ。


「あぁ、アル!いいところに!こっちに来い!」


「あぁ!」


 ―ダダダダダダ


「して、何用だ!?」


 フンスという効果音がつきそうな顔をしているが、何も期待していないぞ、お前には。駄龍め。


「魔王のこと知っているのか?」


 そう言うと、アルは真剣な顔になる。


「もちろんじゃ」

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