第91話 完成
――コンコン
「リュークハルトです」
「入れ」
――ガチャ
「失礼します」
俺はそう言いながら扉を閉める。
「それで、何の用だ?アポ無しで来るなんて珍しい」
「まぁ、先程、訪問する予定ができたので」
アポ無しとは言っても一応近くにいた伝令役の人に伝えて、30分位待ってから来たんだけどね。
「そうか。まぁ、完全にアポ無しという訳では無いし、及第点だな」
「ありがとうございます。それで用事というのは、縫製工房の人間にローブを作って欲しくてですね、直接訪問したら、父上に許可を取れと言われたので許可を貰いに来ました」
「縫製……あぁ。くくっ、やはり奴らは服を作ることしか興味が無いようだな」
えぇ。なんで笑ってんのさ。こっちは早く許可が欲しいのに。
「確かに、外部の人間からの依頼は余を通し、金を請求せよと言ったが、城に務める者からの依頼は受けて良いと言っているはずだ」
「……つまり、俺は遠回しに拒否されたってことですか?」
「そうではない。縫製工房の人間たちは余が言ったことを理解していなかったのだ。ちょっと待っておれ」
そう言って父上は紙とペンを取り出し、何かを書き始める。
「これを持って行くといい」
父上は今書いたであろう物を封筒のようなものに包み、皇帝にしか使うこと許されない柄の
蝋封をして俺に渡した。
「ありがとうございます。それでは失礼しますします」
もちろん、目の前で破って紙を見る訳にはいかない。
俺はそのまま父上の執務室を出た。
◇
――縫製工房
「今戻った」
工房にノックもせず入り、言う。縫製工房は城内にある訳ではなく、鍛治工房同様に城の敷地内にある。
「随分と長かったですね。陛下を納得させるのに時間がかかりました?」
嫌味なやつだなと思った。いっそのとこ、他のところで頼もうかなとか思ったけど、腕は確かだし、我慢するしかない。
「お前には分からない貴族の理由だ。気にするな」
嫌味には嫌味で返すのが1番だよね。うん。そう言いながらとりあえず父上から預かった手紙を渡す。
「ふむ」
自信満々に読み始めたが、その顔は青くなっていく。
おそらく、許可を出す必要もなく、依頼を受けろという旨と、代金なんて追加で請求しないという旨が書いてあるのだろう。
「どうだ?最近、少々傲慢になっていたようだが、これを機に改心すると良い」
そう。こいつ、宮廷縫製士にしては珍しい、珍しすぎる、唯一の男性縫製士なのだ。
こいつの態度を見ていると、その長くも綺麗な髪も、切れ長な目も整った目鼻立ちも霞むくらい性格に難があるため、24歳になっても彼女、ひいては奥さんもいないのも理解出来てしまう。まあ、この世界の結婚適齢期は過ぎちゃったかもだけど、まだまだチャンスはあるよ!頑張れ!
「も、申し訳ございません。もう一度私にチャンスをください」
「うんまぁいいだろう。では予定どうりこれを使ってローブを作って欲しい」
俺はミスリルの色を色濃く受け継いだ、銀色に光るミスリル・魔絹を渡す。
「かしこまりました。着色などの必要はありますか?」
「いや、必要ない。かなり、高価な素材だから、できるだけ無駄な消費は避けて欲しい」
この魔絹はシャルがくれたものだ。高価ではなくても大切にして欲しいが。
「見たことの無い素材だと思いましたが、やはり高価なものでしたか。ですがご安心ください。我々はプロですので」
正直最後の一言は要らん。友達とかならともかく、皇族相手にするような会話ではない。
「そうか。それでは2日後に取りに来る。何時頃に来れば良いか?」
「いえ、取りに来てもらうなんて、恐れ多いので、こちらの方からお届けに参ります。殿下が部屋にいらっしゃらなかった場合、どうしましょう?」
なんと。俺の部屋まで届けにけに来てくれるらしい。
「2日後だな。誰かしら部屋に置いておくからそいつに渡してくれ」
「かしこまりました」
とりあえず注文して俺は自室に戻った。
◇
――2日後
俺が頼んでいたローブが届いたのは夜だった。
「失礼します。いやぁ、なかなか見ない良質な素材でしたので丁寧に扱っていたら少し時間がかかってしまいましたよ」
俺の部屋に入ってきたナット――生意気な縫合士――は開口一番そう言った。
「俺の婚約者が選んだ糸に宮廷鍛冶師と錬金術師がミスリルを混ぜて作った素材だからな。当たり前だ」
「えっ、ミスリルが混じっていたのですか?その割にはとても肌触りが良く、硬い感じはしなかったですよ」
「そうか」
少し、冷たい態度を取っているが、俺は早く付与魔法を試したくてうずうずしているのだ。もちろんこいつには感謝している。しかし、優先順位が違うんだ。
「実はこの2日間で仕事が溜まってしまったので、今からやってきますね。失礼しました」
「そうか。ご苦労」
少し悪いことをしたなと思いつつ、今度なにか差し入れをしようと考えた俺だった。
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