第6章 魔王編
第88話 辺境伯夫人の商才
「ただいま~」
シャルを伴い門をくぐり、城内へ入る。クリアーダは俺たちが早く帰るのを見越してか、闘技大会の会場入りこそしたものの、決勝が終わると、そそくさと帰って行ったのが見えた。
「お帰りなさいませ。随分とお早いお帰りですね」
わかってたクセに。とは言わない。
「まぁな。やることもねぇし」
「そうですか。ああ、それとありがとうございます、とだけ伝えておきます。おかげでお金が増えました」
「……。どう致しまして」
こいつ、ちゃっかり俺にベットしてやがったのか。てか、クリアーダのことだから手持ちの金の半分以上は俺に賭けただろうなぁ。
「この後のご予定は?」
「予定、か。とりあえず向こうでシャワーだけ浴びてきたからもう風呂はいいや。とりあえずは部屋に行く。ご飯が出来たら呼んで欲――」
「……どうしました?」
なんだこれ。何だこの圧。ものすごく嫌な予感がする。それとは別にはるか遠方から良くない気配も感じる。クリアーダが何か言っているが、全く耳に入らない。
『この圧は魔王でしょうか?』
魔王?
『はい。おそらく近いうちにこの国のトップも感知して
魔王、ね。精霊王の次は魔王か。面白くなってきたな。
「どーしたの?リュートくん?」
「あぁ、いや、なんでもない。気にするな。それより何かしたいことはあるか?」
「んーん。特にないよ。……強いて言えば学園の勉強を教えて欲しいかな?算術とか」
「りょーかい。それじゃ、部屋に行こうか」
「うん!」
シャルの提案を受け入れ、部屋で勉強することにした。
◇
――リュークハルトの部屋
――ガチャ
「入って」
「ありがとう」
俺は部屋のドアを開け、シャルを先に入れる。
「そんで、どこの単元が分からないんだ?算術の参考書は一通りあるから言ってみ」
俺が普段勉強している机ではなく、ローテブルの方にシャルを案内し、俺は本棚の前に立ち、シャルに聞く。
「もぉ~!勉強教えて欲しいってのは口実!私特待生なんだよ?あんな簡単な勉強に遅れは取らない!それにリュートくんは疲れてるだろうから寝てて!」
そう言ってシャルは俺の手を引き、俺をベッドへ突き飛ばす。
確かに、言われてみば。俺たちは7歳。学園では初等部1年生だ。今頃は2桁の足し算引き算でもやっている頃だろう。そんな問題をシャルが難しいと言うわけが無い。
「それもそうか。それじゃあお言葉に甘えて寝かせてもらう。シャルはどーするんだ?」
「んー、私も寝ようかな。あと、リュートくん、難しそうな参考書の前に立ってたけど、私、まだ初等部1年生だから!足し算引き算してる頃だから!」
「お、おう」
なんかよくわからないが、シャルはお怒りのようだ。
「あと、もっとそっちに詰めてよ。私が寝られないじゃない」
「あいよ」
結構デカ目のベッドなんだけどなと思いながらも俺は壁際に寄る。
そして寝転がりながら改めて自分を鑑定する。
◇
名前:リュークハルト・フォン・オーランド
種族:魔人族
称号:元・スターク帝国第三皇子 オーランド辺境伯家当主 スターク帝国一の
◇
まずは元皇子になっているな。あとは今まで無かった貴族としての位が出てきている。これは皇族としてではなく貴族として認められたということだろう。最後にスターク帝国一の兵。これは闘技大会優勝の副産物と言える。
そんなことを考えているうち俺の意識はフェードアウトして行った。
◇
side:Charlotte von Weiss
「スー、スー」
ベッドに入って数分でリュートくんは寝ちゃった。やっぱり疲れてたんだね。
リュートくんが完全に寝ているのを確認した私は、そっとベッドから降りる。
――ガチャ
そのまま部屋のドアを開け、外に出るクリアーダさんが既に待機していた。
「どうやら成功したようですね」
「ええ。騙したようで少し心が痛いので早めに終わらせましょう」
そう言って私とクリアーダさんは城を出た。
◇
――市場
とりあえず私とクリアーダさんはリュートくん行きつけの市場にやってきた。
まずなんでこんなことをしているのかというと、リュートくんに闘技大会優勝のプレゼントを渡したいからだ。そのために賭けをして、お金を作ったんだから。
それによく分からないお店で買うより露店でよく分からない商品もらった方が多分リュートくん喜ぶと思う。あの人、変なの好きだから。
「それで、シャーロット様は何を買うか決めていますか?」
「いえ、まだなんです。でも、完成された商品より素材を買っていった方がいいかなって思ってます」
そう、リュートくんは何故かものづくりが大好きだ。特に戦闘に着る服とかそれへの付与魔法とか。
付与魔法付きの道具とか服ってあんまり出回ってないから自分で作ってるのかなって思ったけど、全然違うらしい。なんか、リュートくんが前世で使っていた文字が付与魔法に適してるらしくて、それで付与魔法にハマったらしい。
文字を書くタイプの付与魔法は制約というか、ルールがめんどくさい。まず、その素材に対して書ける文字数とか決まっているの。魔導率っていうのがあるらしくてそれが高ければ高いほど、たくさん文字がかけるらしい。
一応どんな素材にも文字自体はいくらでも書ける。でも、規定の文字数を越すと、発動しないんだって。
「そうですね。まぁ、この場合、シャーロット様からのプレゼント、と言うのが重要なんでしょうが、殿下は付与魔法の素材に目がないのでいい案だと思います」
素材を買うという案にクリアーダさんは賛成してくれた。
「はぁぁ。他国の商品ってのはなかなか売れないもんだなぁ」
市場の喧騒の中、そんな声が聞こえた。
私たちのすぐ横で綺麗な白い糸を売っているおじ様。
「失礼。こちらの商品を聞いても?」
「ん?ああ。こいつァ魔絹つって、魔蚕から取れる糸なんだよ。だが、俺の国じゃァ魔法を使うもんなんて居ねえから、こいつはただの肌触りのいい糸として着物とかに使われちまうんだ。昔、それこそ大戦争前によォ、この国の魔法使いさんが魔絹の有用性を認めて定期的に輸出してたんだが大戦以降、打ち切られちまって、こうして、この国にはるばる来たんだが、なかなか売れねぇなァ」
魔絹……。和の国かしら?うちは外交官を務めていた代があったからそういう資料があるから見たことがあるけれど、確か、ミスリル以上の魔導率って書いてあった記憶が。
「おじ様?こちらの魔絹は全て買おうとしたらいくらになるかしら?」
「そうだなァ、1kgあたり大銅貨5枚で、100kg持ってきてるから銀貨50枚だな」
あら、安いのね。まぁ、この方の国じゃあ魔法の価値が低いのかしら?
「そう。それじゃあこれで」
私は金額1枚を渡す。
「おう、今釣りを渡す」
「それはいらないわ。ただ、お願いがあるの。これからは定期的にこれをこの国に輸入してちょうだい?ここに。あとその値段はあなたの国で売ってる値段でしょ?わざわざ渡航しているのになんでそのままの値段で売っているのよ。銀貨1枚でも買うわ」
私はそう言いながら公爵家の住所と門をくぐれる許可証を渡す。
「あんたァ、貴族様だったんか。まぁいいけどよ、どんぐらいのペースでどんぐらい持っていけばいいんだ?」
「そうね、片道どのくらいかかるのかしら?」
「そうだなァ、2ヶ月半位かかったなァ」
「そう。それじゃあ、半年に1回。今回と同じ量だと少ないかしら?これの5倍、いや10倍は行けるかしら?」
「1トンってことかァ?無理だ無理。精々500kgだ。数年単位で付き合ってくれるなら製造量を増やすがなァ」
「そう。じゃあ、500kgでいいわ。それと製造量も増やして頂戴。これ、肌触りいいし、貴族には高値で売れるわ。付与魔法にも適しているらしいし、大儲け確定ね」
「わかった。それじゃあ今回の100kg分はどこに置いておく?まさかこの量を持って帰る訳じぁねえよな?」
ふふっ。少し笑みがこぼれちゃうわ。
「これに入れてちょうだい」
私は麻袋を渡した。
「こんなんに、入るか!」
「いいえ?これも立派な魔道具よ?付与魔法が付いているの」
「へぇ~。じゃあこれに入れるな」
「ありがとう。それとこれ、同じ魔導具をあげる。次からはこれに詰めて持ってきて頂戴?そっちの方が楽でしょ?」
「お、おう。貴族様ってのはすげぇな」
「まあね」
本当は全部リュートくんの力よ。なんて言わない。こうやってこの国の方が上だって認識を与えるのよ。
◇
――城内
「ふんふんふん♪」
「ご機嫌ですね」
「ええ!これでリュートくんに喜んで貰えるわ!」
◇
side:Ryukhard von Stark
「リュートくん起きて?」
「ん?」
「ご飯よ」
どうやら寝てしまっていたらしい。
「それとこれ、優勝おめでとう」
そう言ってシャルは麻袋を渡してきた。
「なんだこれ?」
「中身を見て?」
言われて中を見る。当然何も見えないが、手を突っ込み、取り出す。
「なっ!」
絹糸だ!しかも肌触り良すぎじゃないか?それに魔法っぽい何かを感じる。
「気づいた?これ、付与魔法にもってこいの素材じゃない?」
「……。」
つい、黙ってしまう。嫌な予感がしたとかではない。嬉しすぎるのだ。
「どうしたのy――」
「ありがとう!シャル!」
そして勢いのままシャルに抱きついてしまう。
「ぐ、ぐるじぃ」
「ご、ごめん」
ついつい強めに抱きしめてしまったらしい。
「いいわよ。あとね、これ、半年ごとに500kgづつ輸入することにしたわ」
一瞬何を言っているのか分からなかった。ユニュウ?
「はっ!?まじかよ!こんなん大量にあれば貴族相手に金儲けできるじゃねぇか!」
「ふふっ、そうよね。もっと褒めて頂戴?」
「偉いぞぉ!よくやった、シャル!」
そう言いながらシャルの頭を撫でる。さすが俺の婚約者。
「んふふ~」
そしてしばらくイチャイチャしていると……。
――ガチャ
「ご報告です!」
ノックもなしに伝令役が何かを言いに来た。
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