第70話 2つ名


「ラウト、お前は国を出ろ。大分稼いだだろ?冒険者でもやって小遣い稼ぎしながら静かに暮らせ。ああ、あと、くれぐれも王国に行こうなんて考えるなよ?いつか殺すことになる」


「……チッ、わーったよ、てめえには勝てそうにねぇし、明日にでも帝都からいなくなってやるよ」


 そう言ってラウトは1人、謁見の間から出ていった。


 この国にいてもラウトがやる仕事なんて無いだろうし、居心地も悪いだろうと思い、他国へ行くことを推奨したが、どうやら解釈の不一致が起きてしまったらしい。


「はぁ、レント、いつまでも放心してないで、とりあえず戻るぞ」


「あ、あぁ、分かった」


 未だ、上の空のレントを連れて謁見の間を出る。


 そして、現在は2人で居間へ向かっている。


「それにしてもなぜオレが宮廷魔法師団なんかに……」


「いや、王位持ってれば十分だろ。隊員の中に聖位すら持っていないやつだっているし、師団長クラスでも聖位しか持っていないやつもいるしな。何しろ臨時だから、ずっとやるわけじゃない。代わりが見つかればお前は降りれるぞ」


 しょげているレントを励ますが、これで元気になるは限らない。そもそもレントは近衛騎士団に入りたいと思っているし、将来は近衛騎士団と冒険者で生計を立てる的なことを前に言っていたので、宮廷魔法師団に入るのは想定外だったのだろう。


「そ、そうか。まあ、オレに出張させるようなことはさせないか!宮廷魔法師団として遠征に行くのは嫌だぞ」


「流石にそこまではしないだろうよ。言い方は悪いが、あくまで置物だ。さっきも言ったが、代わりが見つかれば簡単に代われる」


 実際、レントに遠征させるくらいなら他の隊を遠征させた方が余っ程効率的で有意義だ。


「そう言われるとなんとなく出来そうな気がしてきた。ありがとなアニキ!」


「いや、客観的事実を述べただけだ。気にすんな」


 義弟おとうとが嬉しいなら俺も嬉しいよ。


 そうこうしているうちに居間へ着いた。みんなここに集合しているらしい。


 いまと言っても現代の家の居間なんかとは比較にならない程広いし、物がある。


 例えば椅子。高級な1人がけソファがいくつもあるし4人がけくらいのでかいソファもある。テーブルも2つほど用意されているし、居間なのにクローゼットまで配置されている。意図はわからん。


 ――ガチャ


「ただいま戻りました……って、父上、流石にサプライズが過ぎます。レントが落ち込んでるじゃないですか」


「役職を得たのになぜ落ち込むのだ?」


「こいつは近衛騎士団に入りたいのですよ?宮廷魔法師団なんて近衛騎士団から存在的に1番遠いじゃないですか」


「良いでは無いか。現在近衛騎士団に空きはないし、宮廷魔法師団と言っても臨時の置物だ。気負う必要がどこにある?」


 父上も俺と同じ意見らしいが、レントの気持ちを考えると、なんか違うんだよな。


「まぁ、レントは生粋武人ですし、宮廷魔法士は性にあわないのでしょうね」


「そうですね」


 なんとジークとライトがフォローを入れた。


「なるほど、そこまで考えていなかったな。済まない、早く代わりを見つけられるよう、こちらも尽力する」


「いや、構わないぜ親父。ここで炎魔法だけでもアニキより上手く扱えるようになれば、オレはアニキよりすごいってことだろ?そうだよな?」


 父上の謝罪に対し、レントがよく分からんことを言い始めた。


「まぁ、ぶっ飛んでるが、そういうことだ。でも、魔法に関して、お前に負けるつもりなど毛頭ないがな」


 言っていることはよくわからんが、言いたいことはなんとなく分かる。


「何しろ魔帝、だもんねぇ?リュートくん?」


「……やめてくれ。恥ずかしい」


 そして、シャルから口撃を受けた。シャルは謁見の間にいたので魔帝と言われて騒がれていたことを知っている。そして、俺が恥ずかしいのも知って、言っている。最悪だ。


「いいじゃないですか?魔帝」

「そうですね。かっこいいです。魔帝」

「良いなァ?オレも2つ名欲しいなァ?魔帝様?」

「お義兄にいちゃんかっこいいです!魔帝!」


 ジーク、ライト、レント、シンシアまでも煽ってくる。シンシアは多分、悪気はなく、素で言っている。


「ホントにやめてくれ。恥ずかしくて死にそうだ」


 頭に手を当て、下を向き、顔を隠す。


「ごめんごめん。でも2つ名を貰えることは名誉なことですよ、リュート。それに父上も反対していなかったので公式に2つ名という扱いでいいかもしれませんね」


「あぁ、ありがとうジーク。でも公式に決まった訳じゃないからな?変な事言うなよ?」


 ジークは第2皇子で俺は第3皇子でジークの方が一応兄という訳だが、俺たちは「ジーク」「リュート」と呼びあっている。ジークが敬語なのは仕方ない。あいつは誰にでも敬語で接するからな。それを見たライトまで敬語で話すから、皇族としての威厳が保てん。


「ふふっ、わかっていますよ。父上はどうお思いですか?」


「うむ、実際、悪くないネーミングであるしな。このまま公式発表しても良いかもな。そうだ、最初に魔帝と呼び始めた者に褒美も与えんとな?」


「ぐっ、父上までッ…!」


 父上は悪巧みをしている笑顔で俺に言う。


 もういいよ、なんでも。どうせ2つ名なんていつか付くだろうと思ってたし。


 俺は密かに、シュレイヒトさんの「マルチ少女」よりマシか、と思いながら「魔帝」という2つ名を受け入れた。

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