私の存在証明Ⅰ

詠美は、朝からこの丘にいた。昔、美穂と一緒に遊んだ思い出の場所。今は花の管理をする人が居なくなって雑草が生い茂っている。

『疲れた』『わからない』

 その単語が詠美の頭を埋め尽くしていた。自分の性格は分かっているはずだ。人の話を聞いて頷く。必要があれば何か話す。そうやって今までやってきた。でも高校に入りその自分のスタイルに自信が、急になくなった。なぜかは分からない。今までとは違う友達ができたからなのか。周りが話す子ばかりだからなのか。そう。

 まるで私は『空気』のよう。

 家でも学校でも。

 それに自信がないのだと最近気づいてしまった。

 無性に独りになりたかった。

 以前から人が通らなかった花畑の穴場スポットが、今は心霊スポットのように薄気味悪い雰囲気になって人が通らない。

 ここは独りになるにはちょうど良い場所。

 朝から何をするわけでもなく、ただ座ったり立ったり寝転んだりして時間を消費する。詠美は辺りが夕闇に染まり始めた頃に思考を再開した。詠美にはこの空が自分の心境を表しているように思えた。

 真っ先に浮かび上がってきたことは家に残してきた置き手紙と、それから美穂だけがわかるメッセージを込めた勿忘草。美穂とあの頃の距離感に戻りたいという気持ちとあと一つ、空気みたいな私を梢たちが追いかけてくれるのか。この二つのメッセージは伝わったかが詠美は今になって心配になってきた。

 日常に、耐えられなくなって家を飛び出してきたものの、

 もし私が本当に『空気』みたいに気にされてないのだったら私はどうしようか。生きている価値なんて………………。

 最悪のシナリオが脳内で作成される。ネガティブな方向に思考が転がっていく。いや、少なくとも美穂は気づいてくれるはずだと心の底から信じている。『私が本当に心配しているのは、梢たちの方だ。』と、一向にまとまらない思考を整理しているうちに気づいた。美穂との壁は気になるけれどそれよりも梢たちとの関係に私の心は激しく揺れ動かされている。少なくとも美穂と接しているときは私は『空気』ではない。でも梢は?クラスの友達は?

 いつか美穂に問いかけたことがフラッシュバックする。

『ねぇ、美穂って自分の存在証明って考えたことある?』

 再び詠美の思考は絡まり合う。詠美の頭の中のように、周りが霧で覆われる。今やこの丘はすっかり闇に染まった空や辺りに立ち込める霧によって幻想的な風景に様変わりしていた。




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