懐古
詠美のお母さんにお礼を言って詠美の家を後にする。歩きながら美穂は詠美の手紙について考えていた。ポケットからスマホを取り出し、手紙の写真を呼び出す。冷静になって読み返してみると、美穂しかわからないであろうメッセージが隠されていた。それは今詠美がいるであろう場所。それは、昔詠美と一緒に遊んだ特別な場所。『勿忘草』に隠された思い出――。
「美穂、ここの場所は秘密だよ?」
今より髪が短く、幼い詠美が言う。
「えーこんなにいい場所なのに?」
今の美穂がそのまま小さくなったような子が言う。
あたりはさまざまな草木や花々で囲まれている。近くに家はなく、建物さえないため人がいない。
幼い頃の美穂は、ある時、いつも家でしか遊ばしてもらえない詠美をここに連れてくるために、小学生ながら詠美の両親に交渉した。遠出しないならと許可が出て、二人で家を飛び出した。そしてある丘に向かった。美穂が偶然迷子になった時に見つけた穴場スポット。そこには勿忘草をはじめさまざまな花が植えられている。そこで二人は図鑑を広げて、実物と写真を見比べた。
「あ、これキクじゃない?」詠美が地面に置いた図鑑と実物の花を見比べながら言う。
美穂は、別の花に気を取られていて全く気づかない。
「美穂!こっちにキクあるよ!」詠美は聞いてもらえなかったことに少し拗ねて叫んだ。
美穂は滅多に声を荒げない詠美の声に肩をビクッと震わせ、少し目元を濡らした。
「ご、ごめん。詠美、それよりこの花見て。こんなキレイな花初めて見た!」
そう美穂が指差す先には真夏の海のような青々とした花びらが黄色いがくを囲っている美しい花があった。
詠美はその花に吸い込まれるような魅力を感じたのか、食い入るように見入っている。
「この花は一体……?」詠美がポツリとつぶやいた。
その言葉を合図に二人は同時に図鑑の方へ走り、ページを漁った。
「これかな?」「いやなんか色合いが違うような……」
「あ、これじゃない?」「いや、真ん中がなんか違うような気がする。」
美穂が分厚い花図鑑を夢中でめくり、実物と写真と睨めっこするという動作に飽きてきた頃、
「美穂!!これじゃない?」と詠美が美穂の肩を叩く。
詠美の頬は外が暑いわけでも寒いわけでもないのに火照っていた。呼応するように目は、淡いオレンジ色に輝いていた。
「え?なになに。『勿忘草』……?」
「これだよこれ!美穂、これ二人の花にしない?」
いつもは二人ともそんなに饒舌な
「いいね!花言葉も私たちにぴったりだよ。」
『私を忘れないで』――ずっと一緒だよ
二人は明言はしていないけど暗黙の約束をした。
時間を忘れて。気づいたらあたりは西日の眩い光で満たされていた。慌てて丘を駆け降り、詠美を家まで送り届ける。
美穂は冬の特有の突風によって我に返った。
その後、二人とも両親に叱られ、詠美の家の規則が厳しくなってしまったが、この思い出は二人の記憶の中に大切に残っているはずだった。でも美穂はあの勿忘草を見た瞬間には思い出せなかった。二人の間が広がっているようで幼馴染と友達は違うのかと今までの美穂の価値観が揺らいだ。
『過去』の詠美じゃなくて『今』の詠美を考えなくてはと切り替えようとする。そして思った。
……私は今の詠美の何がわかる?
思い返すと高校になってから詠美とは行き帰りを共にするだけでクラス内はどうかは見ているだけでよくわからない。クラスは学生生活で重要な役割を持っているが美穂は詠美と一緒のグループではない。クラス内での『グループ』。高校生になってから、クラスのグループの違いは壁となって美穂と詠美の間に立ちはだかっている。美穂は途方に暮れて立ち止まる。
「あ!やっと見つけた。あちこち探したんだから。」
突然、門野さんの声が聞こえた。
編み込まれた前髪が一部ほどけ、息が上がっている。
「梢ちゃん、探してくれてたの?」
数回しか話したことがないのに。
「詠美の場所知ってそうなの美穂だけだなって思ったんだよ。詠美が一番信頼してるの私じゃないもん…。」
次第に掠れて消え入りそうな声でいった。
「そんなこと、ないよ。」
クラスでの詠美を見ている私にはわかる。私といる時も笑顔だけどクラスでの詠美はたくさんの人に囲まれて幸せそうに見える。
「だって私にはどこか全然わからないもん。あの手紙の意味全くわからない。」梢ちゃんが再び言う。明らかにあの手紙は誰かから隠す意図があった。つまり、私以外で詠美を探しそうな誰か。それは、もしかして…いや、詠美に聞いてみないと断定はできない。なぜ隠す必要があるのか分からない。
美穂が考え込んで黙り込んでしまうと、梢が
「とりあえず詠美探そうよ。大体見当はついてるんでしょ?」と美穂に尋ねた。
「一応あの手紙に書いてることは分かったと思う。」
そこで一旦美穂は言葉を切って息を吸った。
「美穂はこの先の丘にいる。」
それを聞いた梢は、
「色々聞きたいことあるけどとりあえず向かおう。」と、早足で歩き始めた。先ほどまで青かった空は暗い藍色になっている。雲の動きが速い。
「「何か嫌な予感がする。」」
示し合わせたわけでないけれど二人は同時にそう呟いた。
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