不穏な影

「詠美、帰ろう?」

 美穂が詠美に声をかけるが、詠美は考え事をしているのか、どこでもない場所を見ているように思える。

「詠美?どうしたの?おーい。」

 美穂はそう言って詠美の前で手を振る。

 美穂がしばらくそうしていると

「あ、ごめん。ぼーっとしてた。」

 詠美はそう言って慌てて鞄に荷物を詰め込み、

「お待たせ。行こ?」と言って、切り替えに驚いている美穂を置いて進み始めた。

「あ、見て見て美穂。広場が人でいっぱいになってる。これ帰れるかな?」

「え?あ、本当だ。」

 定期考査最終日の今日は全学年が一斉に帰り始め、気が抜けた生徒たちで噴水広場がお祭り状態だ。ベンチやパラソル付きのテーブルはお昼ご飯を食べる生徒や談笑をする生徒で満席になっている。

 まるで元旦の神社のお賽銭待ちみたいにゆっくりと二人は流されるがまま、校門へと向かう。

「詠美、スタバ行こうよ。」

「え、いいよ。珍しいね。」

 詠美はいつも塾や習い事で忙しく、テスト終わりじゃないと遊べない。だから今日がチャンスと誘ってみた。

 理由はもう一つあるけれど。

 学校から徒歩5分でスタバに着いた。学校に近いだけあって窓から中を覗くと同じ制服の子で溢れていた。

「美穂、座れるかな?」詠美が中の熱気に押され気味になって言う。

「無理そうだね……。今日は比較的涼しいから外で飲もうか。」

 話し合った結果、外にあるテラスで飲むことになった。

 お揃いで、キャラメルマキアートを頼み、向かい合わせで席に着いた。

「久しぶりかも。こんなふうにゆっくりと過ごせるの。」

 詠美が嬉しそうに笑った。詠美の両親は教育熱心で塾や習い事などを詠美の意思は無視して次々入れているように見える。

 そのせいか、最近の詠美は元気がない。

「詠美、元気ないね。習い事大変なの?」

 一口飲んだっきり一向に手をつけようとしない詠美を心配して声を掛ける。

「習い事は楽しいよ。」そう言って詠美は自然に微笑む。

 無理していない、素の笑顔に美穂は何にそんなに詠美は悩んでいるのだろうかと疑念が深まるばかり。

 それから一時間ほど、定期考査の振り返りとか、担任への愚痴などで話が盛り上がった。

 話がひと段落し、会計を済ませる。

 帰り際、美穂が「じゃあまた学校で」と言おうと思ったら、

「ねぇ、美穂って自分の存在証明って考えたことある?」

 詠美が唐突に言った。

「へ?いきなり何言っているの……」

 美穂は詠美が今回のテスト範囲である数学の「集合と命題」に影響されて冗談を言ったのかと思った。歌詞にこのようなフレーズあったなぁとも思った。

 しかし、詠美の美穂を見つめる眼差しは美穂の目を貫くような強い力があった。美穂は最後まで言葉を発せずに尻すぼみになってしまった。

「私に聞かれても……。人それぞれじゃない?」

 美穂は、無難な返答しかできなかった。


 詠美が失踪したという話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのはこのやりとりだった。









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