失踪Ⅰ

 その日は何気ない日常の一部になると思っていた。

 非日常は突然、やってくる。

 その日の空は、うっすらと雲がかかっていた。まるで彼女の心を映し出したようなそんな空だった。

 美穂はいつも通りの時間に家を出て詠美の家に向かう。これは入学式で再会した詠美との大切なルーティン。行き帰りの時間だけ詠美と共に過ごすことができる。スクールカーストで隔たれた詠美と美穂の心の壁は行き帰りだけ、透明になる。

 今日は普段より風が強く、ほとんど葉を落とした木の、まるで美穂の周りからの視線のように尖った枝が揺れていた。

 寒さに震えながらインターホンを鳴らすと、

「あら。美穂ちゃん。詠美ならもう家を出たけれど……。」と困ったような声で言われた。

『行き帰りだけは一緒に行こうと約束したのに……』

 詠美に裏切られたと思った。スクールカースト的には詠美と美穂は釣り合わない。そう心の中ではわかっていた。

 おそらく門野さんと行ってしまったのだろう。一言言ってくれればよかったのに。詠美への憤りが心の中から沸き出てくる。

 美穂は、

 この世界は、『スクールカースト』で成り立っている。

 と思った。自分の考えに疑いを持たずに。

 唯一の友達に裏切られたと落ち込みながら美穂はゆっくり学校へと歩を進めた。

 校門を通り、入学式の時に詠美と再会した広場に出る。広場の時計は始業十分前を指している。

 足早に広場を横切り、教室へ向かう。美穂には、教室はいつも騒がしいのに今日は『少し』静かに感じる。


 いつも通りに見えて『少し違う』クラスの風景。このクラスの大半の人は気づいていない『違和感』。


 その僅かな違和感に胸騒ぎを感じながら、窓際の席に向かう。前回の席替えの時、余りもので押しつけられた人気のない掃除用具入れの前の席。ゴミの匂いがすると言って、近づかない場所。そんな席に珍しく先客がいた。その子はいつも取り巻きに囲まれるような子。このクラスの中心とも言われる門野梢。恐る恐る、近づくと、俯いていた門野さんが顔を上げた。

「あ、美穂ちゃん。急にごめんね。ちょっといいかな。」

 ほとんど初めて話すのに名前を呼んでくれた。美穂は自分が認識されていたことに嬉しくなった。

「は、はい。」

「詠美知らない?美穂ちゃんいつも詠美と行ってるから一緒に来たと思ったんだけど。」

 高揚感は門野さんの曇った表情で紡がれる言葉でかき消された。

 詠美と美穂はいつも早く着いていたから、門野さんのグループの子が心配しているようだ。門野さん以外にも数人集まってきた。

 門野さんが縋るような目で見つめる。美穂は予想外で頭の中が空っぽになった。

 それでもなんとか言葉を絞り出して

「え、え、あの、門野さんと一緒に行ってないんですか?」

 そう門野さんに聞いた美穂の声は震えて掠れていた。何が美穂の声をそうさせたのかわからないがなぜか震えた。

「え?行ってないよ。ってことは美穂ちゃんも知らないの?」

 しっかり者の詠美がこの時間に来てないことは異常事態だ。それに、詠美は家にはいない。

「いつも私が詠美を迎えにいくけれど、今日は家にいなくて……。てっきり……。」

「え?家にいない!?」

 目を見開いて門野さんが驚く。

「詠美にかぎって寄り道とかありえないし……。何か知ってることある?」

「心当たりは……。」

 1つ、心当たりはあった。







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