命題

 詠美は美穂と別れ一人家に向かっていた。

 クリスマスが近づき、街の景色は緑や赤の電灯などで飾り付けされ、冬の風の冷たさを忘れるくらい、熱気で満ちている。

 今年はクリスマスには寒波が襲うらしく、ホワイトクリスマスになりそうだと朝、ニュースで聞いたことを思い出す。時折、体を強張らせるほどの風が吹く。その度に詠美はマフラーの中に顔を埋め、温める。このように周りが群れている中で一人でいるのは不安だが心地よく感じる。しかし、寒さも相まって、孤独の寂しさが増す。冷たい空気をめいいっぱい吸い込み、深呼吸をする。一人でしかできないことがある。周りの雰囲気だけで詠美にとっては十分だ。学校帰りとみられる詠美と同い年ぐらいの派手なグループの横を通り過ぎる。ふと梢たちのことが頭に浮かんだ。そういえば遊びに行ったことまだないな。

 考え事をしていると、電灯がたまたま切れている場所を通った。昨日が冬至だったため、まだ5時なのにあたりが暗い。

 詠美の、上の空だった頭が現実に戻る。



 いつも詠美は寝る直前は窓を開けて、外の風を感じることを日課としている。窓枠の取手に手を掛けると、綿埃みたいなものが指に付着した。そっと手で掴んでみると、ひんやりしている。気になって空を見上げると粉雪が降っていた。詠美の住んでいる地域では、数年に一回雪が降るか降らないかというぐらいなのに珍しい。辺りは闇に包まれているが、街灯に照らされている部分だけが小さなスノードームのような銀世界を演出している。しばらく雪を楽しんでいると肌寒くなってきた。そろそろ寝ようかと窓に手を掛けた時、ふとキラリと光るものが見えた。なんだろう?と空を見上げるとそれは流れ星だった。調べてみると今日は流星群が見られる日だそうだ。再び流れ星を堪能し、流れ星が見られなくなると、今度は静かになった空を見ていたくなった。

 先程までの流れ星の動きがなくなったことでより、星が輝いて見える。今まで見たことがない幻想的な世界が広がっている。その世界に飲み込まれ、『私もこの星の中の一部でしかない。そんな私が消えても誰が気にするだろうか。』という考えが頭によぎった。私にとってこの命題は証明困難なオイラーの最終定理のように思えた。

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