第12話(1)笑い虫

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 四季と亜門が部屋に入る直前に少し時は戻り、姫乃は一人呟く。


「駒井喜は魂丁納箱という魂道具を扱う、見た目とは裏腹のパワー系統……四季と礼沢という頭が切れる2人をぶつけるのは我ながら悪くない判断かもしれん……」


「部長、次は? 俺ならいつでもいけますよ!」


「その意気込みは大変結構。だが……次は左から二番目の部屋……朝日燦太郎と鬼龍瑠衣! 貴様らの出番だ!」


「よっしゃ! 待っていたぜ!」


「……ござる!」


 燦太郎と瑠衣が勢いよく前に進み出る。


「燃えてきたぜ! 行くぜ! くのいちちゃん!」


「了解!」


「待て待て」


「ぐえっ!」


「うぐっ!」


 部屋に飛び込もうとした2人の服の襟首を姫乃は杖で器用に引っかけて、引き寄せる。


「少し落ち着け……」


「げ、けほっ、じ、時間はそんなにないんでしょう?」


「だからと言って全く備えもなしに突っ込む馬鹿がいるか」


「備えですか?」


「そうだ、貴様らの突入する部屋には奴がいる……」


「奴……!」


 瑠衣の顔色が変わる。姫乃が話を続ける。


「奴は……という魂道具を使う」


「そ、そんな魂道具があるんですか⁉」


 脇で話を聞いていた超慈が驚く。姫乃が頷く。


「それがあるのだ……それで厄介なのが……を用いてきた時なのだが……」


「ああ、それならなんとかなるでござる」


 姫乃の説明を聞いて、瑠衣が片手を挙げる。姫乃が目を細める。


「本当か?」


「……多分」


「いや、多分って」


「ここは慈英賀流を信じて欲しいし」


「それがいまいち信じられないのだが……まあいい、2人とも頼んだぞ」


 姫乃は小声で呟いた後、2人を激励する。2人は力強く頷いて部屋に向かう。


「行くぞ!」


「はっ!」


「おらあっ!」


 燦太郎が部屋のドアを蹴破る。部屋の奥から女性の声がする。


「……随分と乱暴な入室ですね。わたくし、別に逃げも隠れもしないというのに……」


 紫がかった色のロングヘア―を優雅にかき上げながら女子生徒が椅子から立ち上がり、燦太郎と瑠衣に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。瑠衣が呟く。


「生徒会副会長、『海藤胡蝶』さん……」


「あなた方がいらっしゃるとは……一週間前に痛い目を見たばかりというですのに」


 海藤が不思議そうに首を傾げる。燦太郎が声を上げる。


「そんな昔の話は忘れたぜ!」


「なるほど、おバカさんなのですね」


「バ、バカだと⁉」


「先輩、ペースを乱されてはならないでござる!」


「あ、ああ、そうだったな」


 瑠衣の言葉に燦太郎は落ち着きを取り戻す。瑠衣がさらに声をかける。


「先手必勝だし!」


「ああ!」


 燦太郎が素早く動き、海藤に飛びかかる。海藤はいたずらっぽい笑みを浮かべて呟く。


「……あえてそちらの土俵に乗ってあげるのも一興かしら?」


「ゴチャゴチャ言っている場合じゃねえぞ!」


「ふっ!」


「なっ⁉」


 飛びかかった燦太郎を嘲笑うかのように、海藤は燦太郎の上に舞う。


「それっ!」


「ぐはっ!」


 海藤の繰り出した鋭い蹴りを喰らい、燦太郎は吹っ飛ぶ。


「蹴破ったドアのお返しです……むっ!」


「空中戦ならこちらが上手だニン!」


 瑠衣が海藤のさらに上の天井すれすれの部分を舞い、魂白刀を振るう。


「むん!」


「なっ⁉」


 瑠衣が驚く。海藤の頭に二本の太い角が生え、瑠衣の刀を受け止めたからである。


「……体重が軽いのは羨ましいことですが、こういった場合はデメリットしかないですね。渾身の一撃の割にはいまいち軽い……」


「くっ……なんて力だし⁉ まさかのパワー系キャラでござるか⁉」


「キャラがブレ気味の貴女にだけは言われたくは……ありません!」


「どはっ⁉」


 海藤が首を思いきり横に振るい、瑠衣は壁に打ち付けられる。海藤が髪を撫でながら呟く。


「わたくしの魂道具は『魂虫こんちゅう』……昆虫の能力をその身に宿すことが出来ます。ちょっとやそっとのスピードやパワーではわたくしに太刀打ちは出来ません……」


「し、知っていたつもりだが……この間、俺らの動きを防いだのはどういうからくりだ?」


 燦太郎が立ち上がって問う。海藤が感心する。


「ほお、わたくしの『バッタキック』を喰らって、なおも動けるとは……なかなかタフですね……よろしい、なんとかの土産に種明かしをしてさしあげましょう」


「種明かし……⁉」


 海藤の背中に若干黒ずんだ大きな羽が左右に生える。


「気付かぬうちにこれを吸っていたからですよ……『鱗粉』!」


「むぐっ⁉」


「……⁉」


 海藤が背中の羽を思い切りはたためかせると、目でもはっきり確認できるほどの量の鱗粉が部屋中に舞う。反射的に口や鼻を抑える燦太郎たちだったが、間に合わず、床に崩れ落ちる。海藤が笑う。


「しびれ薬のような効果のある鱗粉をそれほど吸ってしまっては、しばらくはまともには動けないはずです……勝負はつきましたね。まあ、あの生意気な合魂部部長と合魂する前の良いウオーミングアップ程度にはなりました。お礼を言わせてもらいます……」


 海藤は軽く一礼をすると、部屋の入り口に向かおうとする。燦太郎が腕を伸ばす。


「ま、待て……」


「待ちませんよ……⁉」


 海藤が驚く。自らの脇腹に瑠衣が魂白刀を突き立ててきたからである。


「ま、まだ、終わってないし……」


「ば、馬鹿な! あの量の鱗粉を受けて、すぐには動けないはず!」


「慈英賀流にも虫を使う術はいくつかある。当然、その対処法も準備している……まさかここまで動けるようになるとは思わなかったが……」


「マイナー忍術もなかなか侮れないということですか……しかし、この渾身の一刺し……やはり軽いですね!」


「ぶっ!」


 海藤が瑠衣を突き飛ばして宣言する。


「そういったヒット&アウェイの戦法ならわたくしも得意です!」


「そ、それは⁉」


 海藤の口元が長く鋭い針になる。


「お手本を見せて差し上げましょう!」


「そうはさせん!」


「甘いです!」


「ちっ!」


 瑠衣の攻撃を、羽をはためかせてかわし、一瞬で瑠衣の間合いに入り、針を突き立てる。


「『蝶のように舞い、蜂のように刺す』!」


「アリとボクシングスタイルで戦ったらあかんがね、かの燃える闘魂のようにマッドに寝転がらんと、あの世紀の一戦を思い出せ!」


「いや、アンタ、JKが『アリVS猪木戦』なんて知っているか!」


「がはっ!」


 2人のやりとりから爆発が起こり、その爆風で海藤が体勢を崩す。燦太郎が戸惑う。


「合魂サークルの代表の水上日輪と副代表の深田奈々⁉ ど、どうしてここに⁉」


「あ~それはほら、あれだがね……」


「歯切れ悪いね、アンタ!」


「痛っ! 尻を叩いたらいかんがね、奈々……」


「……散々お世話になった会長への御恩返しがこういう形というわけですか?」


 海藤が怒りを込めた目を水上に向ける。水上が慌てる。


「ふ、副会長! わしらにも色々な立場がありましてですね……」


「問答無用!」


「どえっ⁉」


 海藤が部屋中に大量の蝶を発生させる。


「この子たちの鱗粉を一度に喰らったら、半日はまともに動けないはず!」


「くっ、どうすれば……!」


「ちょうちょ~ちょうちょ~菜の花なんかじゃなく、俺の筋肉にとまりな!」


「いや、脱いでかん!」


 燦太郎の突拍子もないボケに水上が思わずツッコミを入れる。


「ちょう~さん、ちょう~さん、お羽が長いのよ~」


「そうよ、母さんも長いのよ~って、何を言わせるのよ!」


 瑠衣の雑なボケに深田は無理矢理ノリツッコミをしてみる。すると……


「ぐはあっ!」


 部屋中で爆発が起き、蝶たちが消失し、海藤が倒れ込む。深田が困惑する。


「こ、これは……⁉」


「予想外のカルテット漫才が思わぬ化学反応を起こしたんだがね!」


「な、ならば、今がチャンス!」


「い、いや、わしらも爆風の影響で結局鱗粉を吸ってしまったがね。しばらくは動けん……」


「そ、その通りでござる……」


 水上と深田、燦太郎と瑠衣もその場に力なくへたり込むのであった。

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