第12話(2)百発百中

 燦太郎と瑠衣が部屋に飛び込む直前に少し時は戻り、姫乃はまたも一人で淡々と呟く。


「海藤胡蝶……下手に搦め手じみた手を用いるより、馬鹿……正直なあの2人の方が意外と突破口が開けるかもしれん……」


「部長、残る部屋は後一つですが?」


 超慈が部屋のドアを指差しながら尋ねる。


「ああ、そうだな」


「いよいよ俺の出番ですね!」


「……残念ながら違う」


「ええっ⁉」


「そんなに驚くことじゃないだろう……桜花爛漫と外國仁! 一番左のあの部屋は貴様らに任せるぞ!」


「ほ~い」


「はい!」


 爛漫と仁がそれぞれ返事をして前に進み出る。姫乃が告げる。


「分かっているとは思うが、最後の部屋には奴がいる……」


「ええ」


「奴ですか……」


「沈着冷静を絵に描いたような奴だが、こちらが付け入る隙は必ずやあるはずだ……そうだろう、爛漫?」


「もちろん、既に数十パターンは浮かんでいますよ」


 爛漫が自らの頭を指でトントンと叩く。姫乃が目を細めながら尋ねる。


「……その内、成功確率がそれなりに高いパターンはいくつだ?」


「う~ん、二、三個ですかね?」


「いや、それ数十あるって言わないですから!」


 爛漫の返答に仁が思わず声を上げる。姫乃が苦笑しながら頷く。


「まあ、ゼロでないというなら頼もしいと言っておこうか……奴がある意味一番厄介かもしれん。足止めをしてくれるだけでも大分助かる」


「いやいや、足止めどころか、息の根を止めてしまうかもしれませんよ? もちろんこの場合は魂力を吸い取るって意味ですが」


「それは大いに期待させてもらおう……行ってこい!」


「は~い」


「はい!」


 爛漫と仁が返事をして部屋に向かう。超慈が尋ねる。


「一番厄介ってどういうことですか?」


「……後で余裕があったら説明してやる」


 姫乃は爛漫たちの背中を見ながら呟く。


「そらっ!」


 仁が勢いよく部屋のドアを開ける。部屋は整然としている。爛漫が笑う。


「イメージ通りの部屋だね~」


「先週一度倒した貴様らがやって来るとはな……懲りない連中だ」


 おかっぱ頭の中性的な顔立ちをした男子が椅子からゆっくりと立ち上がり、爛漫たちの前に立ちはだかる。仁が呟く。


「生徒会書記、『小森鈴蘭』……」


「懲りないというか、諦めが悪いんだよね~」


「同じことだろう……」


 爛漫が仁に囁く。


「外國君、こういうのはやっぱり先手必勝だよ……」


「ええ!」


 仁が側転と前転を織り交ぜながら小森に迫る。爛漫が声を上げる。


「いいぞ! 近づいて魂棒で殴っちゃえ!」


「そうはさせるか……」


 小森がすかさず迎撃の姿勢をとる。爛漫が右腕を床に刺して体を横に倒して回転し、体全体を使って大きな円を描く。


「『製図』!」


 爛漫が描いた大きな円が穴となり、小森がそれに足をとられ、体勢を崩す。


「む!」


「今だ! 外國君!」


「よっし!」


 上に飛びあがった仁が魂棒を振りかざす。


「これくらいで……舐められたものだな」


「うおっ⁉」


 小森が倒れ込みながらも一本の弓矢を仁に鋭く撃ち込む。その矢を肩に受けた仁が顔を歪めつつ、落下する。爛漫が叫ぶ。


「外國君!」


「心配している場合か?」


「ぐっ⁉」


 体を横に倒しつつ、小森が二の矢を爛漫に向かって撃ち込む。矢を腕に受けた爛漫は腕を抑えながらうずくまる。小森が素早く体勢を立て直して呟く。


「支点となる腕が使えなければ、魂波凄も使えまい……」


「くっ……矢の発射精度だけでなく、速度に関しても恐るべきものがあるね……」


「接近すればなんとかなると思ったか? それなりの対策はとってある」


 小森がやや乱れた髪を整える。


「こ、これが『弓魂きゅうこん』か……魂道具の応用形兼発展形というべきものかな。興味深い……」


「呑気に魂道具を分析するとはまだ余裕があるな……さっさととどめといくか」


「!」


「……喰らえ」


 小森が弓を構え、爛漫に向かって矢を放つ。


「ぐうっ!」


「桜花先輩!」


 左腕に矢を受けた爛漫が苦し気に呻く。小森が感心する。


「胸部を狙ったつもりだったが、咄嗟に身をよじったか。やるな……だが、次で終わりだ」


「!」


「先輩!」


 小森が間髪入れずに矢を放つ。矢は鋭く爛漫に向かって飛ぶ。


「あんまり舐めないことだね!」


「なっ⁉」


 爛漫が頭を地面に突き刺し、両足を素早く回転させて、矢を弾き飛ばしてみせる。


「試行段階だったけど……上手くいったかな?」


「ふ、ふざけた真似を! むっ⁉」


「おらあ!」


「ちっ!」


 殴りかかった仁の攻撃を小森はすんでのところでかわす。


「かわした⁉」


「いちいち叫ぶからだ! いいだろう! まずは貴様からだ!」


「くっ⁉」


「もらった!」


「そうはさせないよ!」


「⁉」


 小森は仁に向かって矢を放ち、その矢は正確に仁へ向かって飛ぶが、その間に乗り物が割って入り、矢を受け止めてみせる。


「間に合ったようだね……」


 端正な顔立ちをした作業着姿の男性が笑顔を浮かべる。小森が苦々しい表情で尋ねる。


「……茂庭永久さん、これはどういうおつもりですか?」


「う、う~ん、なんと言えばいいか……」


「会長への反乱ということですね? では、そのように報告させていただきます」


「い、いや、それは困るな! 悪いけど、鈴蘭君はこの辺りで退場してもらうよ!」


 茂庭が乗り物を小森に向かって突進させる。小森はため息をつきながら呟く。


「魂場隠ですか……焦って直進するのなら良い的です!」


 小森が素早く矢を数本、魂場隠に向かって撃ち込む。魂場隠は動きを止め、操縦していた茂庭は宙に放りだされてしまい、床に叩きつけられる。


「うおっ⁉」


「……狙い通りです」


「く、駆動部分を正確に射抜いて無効化させたのか……なんという離れ業だ……」


「会長の手を煩わせるまでもありません……自分が始末させてもらいます!」


 小森が再び矢を放つ。矢はうずくまる茂庭に向かって飛ぶ。


「魂場引!」


 茂庭は腕を掲げて、黒い穴を生じさせる。強烈な吸引力をみせるが、矢を吸い取るわけではなく、明後日の方向を吸引したため、矢は茂庭の肩に当たる。小森が笑う。


「魂道具の発展形……てっきり矢を吸い込むのかと思いましたが、焦りが出ましたか?」


「いいや、これで良いんだよ……」


「⁉」


「『排出』!」


「なっ⁉」


 茂庭が再び腕を掲げる。今度は小森の方向に腕は向いている。そこで生じた黒い穴から先ほど吸い込んだものが飛び出してくる。


「うおおっ!」


 仁が魂棒を振りかざしながら小森に向かって突っ込む。


「さっき吸い込んだのは貴様か!」


「今度こそもらった!」


「ちぃ!」


「おりゃあ!」


「はっ!」


「ぐおっ!」


「ごはっ!」


 仁の振るった魂棒が小森を思い切り殴りつけると同時に、小森の放った矢が仁の脇腹を貫いた。仁は思わずうずくまる。


「ぐっ! まだだ!」


 仁が再び魂棒を振るうが、小森はなんとかそれをかわす。


「忌々しい連中だ! ここは一旦退く!」


 小森は部屋から退却する。茂庭が苦笑する。


「あ~あ、会長にチクられちゃうな……」


「大丈夫……まだこちらにはあの人が残っている……」


 爛漫がニヤリと笑う。

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