第5話(4)純情行進曲

「ど、どうだ……どあっ!」


「⁉」


 音が鳴り響いたかと思うと、小さい爆発が起こり、その爆発を受けた超慈は膝をつく。


「がっ……」


「こ、これはまさか……」


 ステラが周囲を見回す。


「そのまさかだ」


 ポニーテールで額に白いハチマキを巻いた学ラン姿の女性が颯爽とグラウンドに現れる。


「合魂団団長、志波田睦子しばたむつこ……」


「先輩だろう? 礼儀のなってない奴だな」


「どうしてここに?」


「お前らが人の庭で派手に暴れまわってくれているようだからな……遊び相手になってやろうと思ってわざわざきてやったぞ」


 志波田は胸を張る。白いサラシを巻いた豊満な胸が揺れる。ステラが舌打ちする。


「ちっ……燦太郎の馬鹿との連戦はいくらなんでもキツい……」


「連戦? 終わったと思ったのか?」


 志波田が右手を掲げると、なにもないはずの空間に管弦楽器の音が鳴り響く。


「!」


「ううっ……」


 燦太郎が頭を抑えながら立ち上がる。ステラが目を丸くする。


「そ、そんな、あの頭突きを喰らって立ち上がれるの? マジで?」


「朝日、動けるな?」


「ああ……」


 志波田の問いに燦太郎は頷く。志波田は険しい顔つきをふっと緩める。


「そうでなくてはな。応援のし甲斐があるというものだ」


「志波田パイセンの魂道具、そういう使い方も出来るんですね?」


 ステラの言葉に志波田は再び険しい顔つきになる。


「先輩だと言っているだろう? 言葉使いのなってない奴だな……」


「そう怒らないで下さいよ。綺麗なお顔が台無しですよ……」


「それ以上怒るとシワになりますよ、と言いたいのか?」


「む……」


「その程度の安い挑発に引っかかると思うか?」


「鬼のような性格って聞いていたんだけど……」


「冷静さを欠けさせようという狙いか? 引っかかってたまるか」


「……」


「それ……」


 志波田が右手を掲げると、メロディーが流れ、打楽器の音とともにステラの足元の地面が爆発する。その爆風でステラは吹っ飛ばされる。


「! ぐっ……」


「意外とタフだな。次で決める……」


「待て! 俺が相手だ!」


「!」


 そこにびしょ濡れになった仁が現れる。


「じ、仁……」


 超慈が体勢を立て直しながら呟く。ステラが首を傾げる。


「ってか、なんで濡れてんの?」


「そんなことはどうでもいいでしょう! それよりも志波田睦子さん! あの時の言葉、嘘だったんですか⁉」


 仁が志波田に向かって問いかける。志波田は首を捻る。


「あの時?」


「何か因縁があるの?」


「嫌な予感しかしないんだが……」


 ステラの問いに超慈は頭を軽く抑える。仁が声を上げる。


「一年前、中学男子新体操の試合で、競技中に足を挫いてしまった俺にこう言ってくれたじゃないですか⁉ 『諦めるな、もし優勝出来たら、最大限の祝福を贈ろう』って! その言葉を励みにして優勝したのに、表彰式で貴女の姿はなかった!」


「……思い出した。確かにそのようなエールを贈ったが、あれは君に対してではなく、同じ大会に参加していた我が校の中等部の生徒に向けたものだったのだが……」


「……え?」


「自分は応援団として多忙でな、表彰式の頃には別の会場に移動していたのだろう」


「……じゅ、純情な男心を弄ぶなんて、許せない!」


「勘違いじゃねえか! お前らの因縁そういうのばっかだな!」


 仁に対し、超慈が呆れ気味に叫ぶ。


「超慈! あんなたわわな胸のお姉さんにそんなこと言われて発奮しない男がいるか⁉」


「いない!」


「全力で同意しなくていいから!」


 仁と超慈のくだらないやりとりに今度はステラが呆れ気味に叫ぶ。志波田はため息まじりに右手を掲げる。


「ただの闖入者だったか……警戒した自分が愚かだった。これで終いだ!」


「⁉」


 志波田が右手を勢いよく振り下ろすと、軽快な曲が流れ、超慈たちの周囲が爆発する。


「ふん……何⁉」


「ば、爆発が起こると分かっていたら、耐えきれなくもないぜ……」


「ば、馬鹿な……」


 魂択刀を両手に構えニヤリと笑う超慈の姿に志波田が驚く。ステラが呆れたように呟く。


「分かっていても、普通は耐えられないでしょ……」


「超慈のタフさは規格外ですから。釘井先輩、あの人の魂道具は何なんですか?」


「『魂羽闘行進曲コンバットマーチ』。応援と攻撃を兼ねた魂道具よ。普通なら楽器が必要なんだけど、あの人は楽器なしでも用いられるほど、魂力を高めているの」


 仁の問いに対し、ステラが説明する。


「マ、マジですか……」


「うん、マジ」


「団長! あの眼鏡は俺にやらせてくれ!」


 燦太郎が叫ぶ。志波田が頷く。


「よかろう、やってみろ」


「行くぜ、『全力ダッシュ』!」


 燦太郎の姿が消える。仁が驚く。


「速い⁉」


「もらった!」


 燦太郎が超慈の眼前に迫る。


「玉魂蒻!」


「ぐはっ⁉」


 ステラが投じた玉魂蒻が燦太郎に当たり爆発する。志波田が目を丸くする。


「なっ⁉」


「く、釘井、てめえ、いつの間にこんな技を……」


「アンタに教える義理はないし」


「ぐ……」


 燦太郎が倒れ込む。仁が戸惑いながらステラに尋ねる。


「よ、よく、あのスピードについていけましたね……」


「直線的に動きがちなのよ、この馬鹿は。狙いが分かれば、迎撃はそう難しくないわ」


「な、なるほど……」


「さっきの借りは返したよ……ってあれ⁉」


 倒れ込んでいる超慈を見て、ステラが驚く。


「も、もう少し、早めに玉を投じて欲しかったです……」


「巻き込まれたんだな、気の毒に……」


「ウ、ウチが悪い感じ⁉」


「わりと全面的に」


 ステラの問いに仁が頷く。志波田が口を開く。


「……気を取り直して、これでお終いにする……」


「くっ!」


「マズい!」


「喰らえ……」


 志波田が三度右手を掲げる。超慈が叫ぶ。


「釘井先輩! 玉を仁に向かって投げて下さい!」


「ええっ⁉」


「早く!」


「う、うん!」


 ステラは超慈の言う通りに玉を仁に向かって投げる。


「仁、魂棒でそれをあのセクシーダイナマイトな応援団長に向かって打ち返せ!」


「きょ、今日日セクシーダイナマイトって!」


「なんでもいいから言う通りにしろ!」


「わ、分かった! どあっ⁉」


 超慈の指示通りに玉を打ち返そうとした仁だったが、玉は棒に当たった瞬間に爆発し、仁は倒れ込む。ステラが頭を抱える。


「い、いや、どうしたってそうなるでしょ⁉ これもウチのせい⁉」


「な、なにが狙いだ……」


 目の前で繰り広げられるドタバタ騒ぎに志波田は戸惑う。


「もらった!」


「ぐっ⁉」


 起き上がった超慈が一瞬で志波田との距離を詰め、魂択刀を振るう。志波田は超慈の攻撃を避け切れずに喰らってしまう。超慈がふっと笑う。


「行進曲がお好きな方ならリズムを崩されるのが何より嫌いだろうと思いましてね……奇策を用いさせてもらいましたよ」


「き、奇策ってレベルを超えているだろう⁉ 味方に自爆を強いるとは!」


「とどめ!」


「甘い!」


「ちぃ! かわされた……!」


「思った以上に訳の分からん連中だな……認識を改める必要がありそうだ。ここは退こう」


 そう言って志波田は素早く撤退する。超慈が唇を噛む。


「取り逃がしたか……仁、お前のことは忘れないぜ……」


「か、勝手に思い出にするな! 回復したら覚えていろ!」


 すっかり暗くなったグラウンドに仁の叫び声がこだまする。

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