第4話(1)特別トレーニング
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「ああ~」
昼休み、部室に向かう途中の超慈が頭を抑える。仁が尋ねる。
「どうかしたのか?」
「いや、さすがに疲れがな……」
「そういや部長によく呼び出されているな。何をしているんだ?」
「部長が作り出したバトルフィールドでひたすらマンツーマンでトレーニングだよ……」
「そんなことをしていたのか? 俺らには特に何も言われないが……」
「俺の場合はお前らと比べてまだまだ粗削りだからだってよ……」
「そうなのか……」
「刀の素振りがなってないって体をピタッと密着させての指導だよ」
「ん?」
「付きっ切りだぞ。参るぜ……」
「そ、そうか……」
仁は首を傾げる。
「四季先輩にも参ったぜ」
「四季……ああ、竹村先輩か、そういえば分厚い本を何冊か渡されていたな」
「ああ、曰く、『貴方にはそもそもの読書量が足りません。早く私と話が合うレベルにまで達して下さい』だってよ……」
「まあ、芥川龍之介も知らないのは、ちょっと論外かもな……」
「毎日読んだところまでの感想を求められてな……」
「RANEで感想を提出か? それはしんどいな……」
「それならまだいい……毎晩電話で2~3時間くらい話をしなきゃいけない……」
「うん?」
「途中の雑談でも気の利いた話題を求められるんだ、大変だぜ……」
「お、おお、そうか……」
仁は首を捻る。
「参ったといえば瑠衣ちゃんだ……」
「え? あ、ああ、鬼龍がどうしたのか?」
「毎晩、毎晩、『超慈、慈英賀流に興味はないか?』って勧誘の嵐だよ」
「毎晩?」
「天井に張り付いていたのはビビったぜ……男子寮と女子寮は各々立ち入り禁止なのに」
「ちょ、ちょっと待て、それも気になるが……瑠衣? 超慈? 互いに名前呼び?」
「ここ十日ほど三者三様で俺に無茶ぶりしてくるんだ……さすがにキツくなってきた」
「……見方によっては羨ましい状況だが」
仁がそう呟いたとき、部室に到着する。超慈がドアを開ける。
「こんにちはー! ……ってお前かよ」
部室には亜門が座っていた。亜門は端末から目を逸らさずに答える。
「それはこっちの台詞だ……なんでお前がここにいる?」
「それは呼び出されたからだよ」
「来たか、優月」
部室の奥から姫乃が顔を出す。
「あ、こんにちは……今日も特別トレーニングですか?」
「なに? 特別トレーニングだと?」
亜門が視線を姫乃と超慈の交互に向ける。超慈は胸を張って答える。
「期待の新人に対してのものだ……あ、これは言ってはマズかったかな……」
超慈がわざとらしく口元を抑える。亜門がすくっと立ち上がり、姫乃の方に向き直る。
「……聞き捨てなりません」
「うん?」
「ナードが期待の新人とは……失礼ながらお眼鏡違いかと」
「……度数が合っていないか?」
姫乃は眼鏡をかけているかのようにおどけるポーズを取る。
「……大分合っていないかと」
「ふむ……」
姫乃は顎に手を当てて、超慈と亜門を交互に見比べる。
「部長!」
「ああ、ちょうど今日は貴様ら2人に合同トレーニングを課そうと思っていたのだ」
「合同トレーニング?」
「そうだ」
「……それはなんですか?」
「北のN棟学食に行き、『フルーツたっぷりのサンドイッチ』を買ってきて欲しい。女子生徒の間では大変なブームでな……今、この合魂部には女子が3人いるから……3個買ってきてくれ。それぞれ千円ずつ渡すから間に合うだろう」
「は、はあ……」
「それがトレーニングですか?」
超慈と亜門は訝しげな表情になる。姫乃が説明を続ける。
「これは超人気商品だ、昼休みにすぐなくなる。これを相手より早く買ってくること、これが瞬発力を磨く良いトレーニングになる……よ~い、スタート!」
「!」
「⁉ あ、待て! 廊下を走るな!」
姫乃の合図に応じ、亜門の方が早く部室を飛び出した。超慈が慌てて追いかける。
「さて、どちらが勝つかな?」
「部長も相変わらずお人が悪い……」
椅子に座って静かに本を読んでいた四季が呟く。姫乃が唇を尖らせる。
「相変わらずとはなんだ」
「N棟は連中の本拠地みたいなものではないですか」
「そうだったかな?」
「そうですよ」
四季が自らの狙いをお見通しだということに気づいた姫乃は肩をすくめる。
「普通科の合魂倶楽部を倒してから……」
「喜多川先輩の魂力は吸い取れていません。奇襲攻撃は成功しましたが、倒したというにはまだ早いです。せいぜい瓦解寸前まで追い込んだくらいでしょう」
「まあ、それはともかくとして、他の連中がこの約二週間ほとんど動かないのが気にかかる」
「それは眼中にないのでは……?」
四季がフッと笑う。姫乃が四季の斜め前の席にドカッと座って告げる。
「と、いうわけで……こちらから仕掛ける」
「まずは農業科の連中というわけですか?」
「ああ、あくまで比較的ではあるが与しやすい相手だと思う。違うか?」
「部に戻ってすぐに分かりましたよ、超慈君と礼沢君、絵に描いたような犬猿の仲じゃないですか。何故、あの2人を向かわせたのですか?」
「斥候、威力偵察のようなものだ」
「撒餌のようにしか見えませんが……まあ、今は事態の推移を見守りましょう」
四季は再び本に視線を落とす。その様子を見ていた仁が呟く。
「竹村先輩も超慈呼び……あいつ無自覚に……」
「おい、外國」
「俺は苗字かよ……なんだ、鬼龍?」
「君、良い体をしているな、慈英賀流に入らないか?」
「断る」
「ノータイムで⁉」
その頃、N棟学食では、大量の生徒にもみくちゃにされた末、なんの成果も得ることが出来なかった亜門と超慈が呆然と立ち尽くしていた。
「ば、馬鹿な……」
「ここまでの人の波とは、予想だにしていなかったぜ……どうする?」
「気が進まんが、大人しく帰るしかあるまい……」
「ちょ、ちょっと待て! あれを見ろ! 『こちらで特別メニュー販売中』だってよ……」
「……まさか」
「そのまさかだ。手ぶらで帰れねえよ」
超慈たちは張り紙に導かれるように進む。
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