第3話(4)進むも退くも

「……」


竹村四季たけむらしき……もう一度言う、合魂部に戻ってこい」


「え、この方……合魂部だったんですか?」


「ああ、そうだ。私が事情により、半年ほど休んでいる間に合魂倶楽部に移っていた」


 超慈の問いに姫乃が答える。


「事情?」


「まあ、体調を崩したり色々とな……それは良いとしてだ、四季。戻ってきてくれるな?」


「……お断りします」


「そうか……って、ええっ⁉」


 姫乃が素っ頓狂な声を上げる。四季と呼ばれた女はため息まじりで繰り返す。


「……ですから、お断りします」


「な、何故だ?」


「理由が必要ですか?」


「あ、当たり前だろう」


「……まず何事においても説明が足りない点、学年が上とはいえ妙に偉そうな態度が目につく点、周囲に対しての心配りがなっていない点……」


「ちょ、ちょっと待て……」


「要は人望不足です」


「なっ……」


「圧倒的に同意だな」


「わかりみが深い……」


 絶句する姫乃の側で超慈と瑠衣が頷く。


「お、お前ら、出会ってたった二日で⁉」


 姫乃が愕然とする。四季が呟く。


「ショックを受けているところ、大変申し訳ありませんが……この戦い、私の負けです。さっさと魂力を吸い取ってくれますか?」


「はあ……」


「待て、優月……四季、どうしたら戻ってきてくれる?」


「……今の私は合魂倶楽部の一員ですから、例えば……」


「奴をぶっ飛ばせば良いんだな?」


「まあ、出来るものならば……」


「よし! 行ってこい! 優月、鬼龍!」


「い、いや、そこは部長が行く流れじゃないんすか⁉」


 姫乃の命令に超慈が戸惑う。


「生憎、まだ本調子ではない私では手に余る……お前らならワンチャンある!」


「いや、ワンチャンくらいの低い確率で送り出さないで下さいよ!」


 力強く握りこぶしを突き出してくる姫乃に超慈が戸惑う。瑠衣が口を開く。


「まあ、奴が相手ならやるまでだし……」


「鬼龍ちゃん⁉」


「奴はどこにいるでござるか?」


「ご、ござる? ……この上のフロアです」


「承知!」


 四季の答えを聞いて、瑠衣はそこから走り出す。


「お、おい!」


「少し頭に血が上っているようだな……優月、援護してやれ」


「しょ、しょうがねえなあ!」


 超慈が瑠衣の後を追う。上のフロアはそれなりの広さだが本が少なく、あくまでも予備の部屋という位置づけのようだった。部屋の奥には大きめのソファーが置いており、そこにはコーンロウヘアーが特徴的な男が座っており、その前に瑠衣が立っていた。


「まさかここまで来るとはな……」


 コーンロウの男が自身の頭を撫でながら面倒そうに呟く。瑠衣が魂白刀を構えて叫ぶ。


「合魂倶楽部の代表であり、この愛京高校の普通科を影で支配する。喜多川益荒男きたがわますらお、覚悟!」


「へえ? 俺のことを知っているとは……姉ちゃん一年だろう、何者だ?」


「鬼龍瑠衣と申す!」


「鬼龍? 知らねえなあ……」


 喜多川は首を傾げる。瑠衣が困惑気味に声を上げる。


「お、お主、甲賀の者であろう⁉」


「ああ、まあ、一応な……」


「恨みを晴らさせてもらう!」


「……ってことは姉ちゃん、伊賀のもんか?」


 喜多川が尋ねる。二人のやりとりを見て、超慈はハッとする。


「甲賀だ伊賀だって……もしかして鬼龍ちゃんって忍……」


「拙者は慈英賀じえいが流でござる!」


「え?」


「は?」


 超慈と喜多川が同時に首を捻る。瑠衣が続ける。


「伊賀と甲賀のちょうど中間の地域を拠点とする慈英賀流を知らんのか⁉」


「……お前、聞いたことある?」


 喜多川が超慈に指差して尋ねる。超慈が首を振る。


「いや、全く……」


「Iの伊賀とKの甲賀の間、Jの慈英賀を知らないと⁉」


 瑠衣が視線を超慈に向ける。


「いや、そもそも忍術をアルファベットで認識していないし……」


「興ってどれくらいの流派だよ?」


 喜多川が瑠衣に尋ねる。


「まあ……大体一年半くらいでござる!」


「どマイナーじゃねえか!」


 瑠衣の答えに喜多川が声を荒げる。瑠衣が負けじと声を上げる。


「い、いつかはメジャーになってみせるでござる!」


「……まあ、いいや。それで? くのいちギャルが何の用だ?」


「お主は昨夏、修行と称して、各地を流浪していたでござろう!」


「ああ、夏休みを利用してな。修行っていうか……まあ、それはいいや。それが?」


「何故に我が里を黙って通過した⁉」


「は?」


「そこはこう……『道場破り』的なもので尋ねてくるべきではないのか⁉」


「い、いや、そんなことを言われてもな、マイナーな忍術なんて知らんし……」


 喜多川が後頭部を掻く。


「お主は我々のプライドを著しく傷付けた!」


「ちょ、ちょっと待った!」


 超慈が声を上げる。瑠衣が顔を向ける。


「なにか?」


「鬼龍ちゃん、なんか因縁がある風な感じで飛び出さなかった⁉」


「左様、大層な因縁が……」


「相手にされずスルーされた逆恨みにしか聞こえないんだけど⁉」


「まあ、そうとも言える……!」


「そうとしか言えないって!」


「と、とにかく、喜多川益荒男! ここで会ったが百年目!」


「いや会ってないんだろう⁉」


 喜多川の方に向き直り、ビシっと指を差す瑠衣に超慈は突っ込む。喜多川が俯く。


「……」


「覚悟!」


「むしろ因縁を付けてる!」


「……まあいいや、可愛い子からの逆ナンは大歓迎だぜ」


「か、可愛い⁉」


「ただ、俺に武器を向けてきたことに関してはお仕置きしなきゃな……」


 喜多川がゆっくりと立ち上がる。その手には刀が握られている。超慈が呟く。


「! 魂道具か⁉」


「そうだ。この『魂平刀(こんぺいとう』の餌食になってもらうぜ!」


 喜多川が一瞬で瑠衣との距離を詰め、刀を振るう。


「危ねえ!」


「⁉」


 超慈が瑠衣を突き飛ばし、喜多川の攻撃を受け止める。喜多川が驚く。


「ほう、俺の動きに反応するとはやるな……だが!」


「くっ⁉」


 喜多川が刀を引くと、火花が散り、超慈は後退する。喜多川が呟く。


「この刀の独特な形状……いくつもある凸凹な突起が摩擦熱を発生させる」


「……線香花火かと思ったぜ」


「抜かせ……『地走』!」


 喜多川は刀を床にわざと引きずらせて、大量に火花を発生させながら斬りかかる。


「うおっ⁉」


「そらそら!」


「ぐうっ!」


 超慈は二本の刀で喜多川の猛攻をかろうじて凌ぐ。


「思ったよりはやるな! ただ、そうやって受けてばかりじゃジリ貧だぜ!」


「助太刀するでござる!」


 体勢を立て直した瑠衣が飛びかかる。


「ふん!」


「むっ!」


 瑠衣の攻撃を喜多川が難なく受け止める。喜多川が笑う。


「1人増えたくらいでどうにもならないぜ!」


「ならばもう1人……『分身ミラー』!」


「なっ⁉」


 喜多川が驚く。瑠衣が刀身を光らせて、自らをもう一体出現させたからである。


「それ!」


「ちっ!」


 瑠衣の攻撃で喜多川が体勢を崩す。瑠衣が叫ぶ。


「今でござる!」


「よし! お持ち還り……!」


「うぜえな!」


「ぬおっ⁉」


 喜多川が周囲に火花を起こし、退却する。


「ここは退くぜ! 覚えておけよ、合魂部!」


「逃がすか!」


「待て!」


「⁉ 部長!」


 姫乃の声が響き、超慈が動きを止める。


「……足元を見ろ」


「! こ、これは……」


「金平糖型のまきびしだ、踏んだら……地味に痛いぞ。なるほど……『進むも退くも喜多川』とはよく言ったものだな」


 姫乃が床を見ながら感心したように呟く。


「こ、これも魂道具ですか?」


「基本形と応用形を両方用いることが出来る……それが奴らの厄介なところだ」


「奴ら?」


「この愛京高校には各科に喜多川と同程度の魂力を持った実力者がいる……」


「……もしかしてそいつらを倒すことが部長の目的ですか?」


「まあ、そうなるな」


「何の為に?」


「それは追々話す……」


「追々って……」


「今後も合魂部としてよろしく頼むぞ」


「い、いや、まだ入部するって決めたわけじゃ……」


「話し合いの甲斐もあり、四季も戻ってくれるということになった……」


 姫乃が後方を指し示すとそこには四季が立っている。


「そ、それが何か……?」


「眼鏡がよく似合う美人だろう?」


 姫乃が超慈の耳元で囁く。


「そ、そうですね……」


「合魂部としての活動を続けるなら、後何名か美女を紹介出来るぞ」


「これからもよろしくお願いします!」


 超慈は勢いよく頭を下げる。それを見て姫乃は頷く。


「うむ、よろしく頼むぞ」


「またろくでもないことを吹き込んだのではないでしょうね……」


 四季が眼鏡のつるを触りながら、目を細めて姫乃に尋ねる。


「人聞きの悪いことを言うな、正当な取引だ……さて、合魂部、好スタートを切れたな!」


 姫乃が両手を腰に置き、満足そうに頷く。

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