第3話(3)今は昔……

「おい! ナード、細マッチョ! 無事か⁉」


「ぐっ……」


「なんとか……」


 亜門の呼びかけに超慈たちは反応する。亜門は魂旋刀を構えて眼鏡の女に向ける。


「あんた……合魂俱楽部の一員だな?」


「……そうだとしたら?」


「ここで魂力を吸い取らせていただく!」


「ふむ……」


 女は亜門から視線を逸らし、持っていた本を開く。亜門は眉をひそめる。


(なんだ……?)


「今は昔……摂津守源頼光……(中略)」


「どあっ⁉」


 女が本を朗読し始めると、亜門の体が宙に浮いて、制御が利かなくなったようになって、ぐるぐると回転し、周りの本棚に何度もぶつかり、地面に落下する。女は朗読を終える。


「……語り伝えたるとや」


「ぐっ……」


 亜門は立ち上がろうとしたが、ぐるぐる回った影響か、吐き気におそわれ、慌てて口元を抑える。それを横目で見ていた超慈が苦い表情で呟く。


「やはり駄目か……あの本を読み始めたかと思うと不思議なことが起こるんだよな」


「まさか……超能力じゃねえよな? それだったら手に負えないぜ」


 仁は苦笑する。亜門が口を開く。


「……違う」


「おっ、ヒーラーの旦那、酔いは治まったかい?」


「誰がヒーラーの旦那だ……」


 亜門は静かに超慈を睨み付ける。仁が二人を注意する。


「今は言い争っている場合じゃねえよ! ……礼沢、なにか分かったのか?」


「超能力でもなんでもない、あの本だ」


 亜門が女の持つ本を指差す。超慈が首を傾げる。


「え? まさか……?」


「そのまさかだ、あの本が奴の魂道具だ」


「本が魂道具とは……」


 仁が困惑する。亜門が説明を続ける。


「『今は昔……』という語り出しと、『……語り伝えたるとや』で終わることにピンと来た」


「へえ……意外と教養がおありなのですね?」


「当然だ、寺生まれだからな」


 超慈が胸を張って答える。亜門が冷ややかな視線を向ける。


「寺生まれは別に関係ない。一般的な教養の問題だ……そして何故お前が偉そうなんだ?」


「ま、まあ、礼沢、それはいいだろう? あの本はなんなんだ?」


 仁が尋ねる。亜門が答えようとすると、女が口を開く。


「これは『魂昔物語集こんじゃくものがたりしゅう』です」


「ええっ⁉ ……?」


 女の言葉に超慈は一応驚いたが、亜門に視線を向ける。亜門はため息交じりで話す。


「歴史の授業で習わなかったか? 『今昔物語集』とは平安末期に成立したとされる説話集だ。1059もの説話が編纂されている」


「千以上の説話が……ひょっとしてまさか?」


 仁が亜門に顔を向ける。亜門が頷く。


「察しが良いな。その説話を再現することが出来る能力の持ち主なのだろう」


「……大体当たりです。驚きました、褒めて差しあげましょう」


 女はわざとらしく両手を叩いてみせる。亜門が首を捻る。


「さっき、(中略)とか言っていなかったか?」


「俺たちのときもそんな感じだったぜ」


 超慈の言葉に亜門が顔を険しくする。


「もしかして……」


「その通りです。私はそのページを黙読するだけで、この魂昔物語集の説話をモチーフとした術や魔法、はたまた超能力のようなものを発揮することが出来るのです」


「! つまり……どういうことだ?」


 超慈の言葉に仁と亜門がズッコケそうになる。仁が説明する。


「ゲームで言えば、ほぼ無詠唱に近い形であの女は魔法を放つことが出来るんだよ」


「なにそれ、やべえじゃん!」


「だからやべえんだよ!」


「……揃いも揃ってタフな方々ですね。次で終わりにさせていただきます」


「そうはさせるか!」


「⁉」


 亜門は魂旋刀を伸ばし、女の手から本を奪取する。


「本を開かせなければ良いんだろう⁉」


「今は昔……」


「何⁉ ぐはっ!」


 どこからか現れた長い鼻に打ち付けられ、亜門は倒れこむ。女は落ちた本を拾う。


「……流石に全てではありませんが、ある程度は暗誦出来ますので……」


「ちっ……対策は出来ているってことか……」


 亜門が舌打ちする。超慈が戸惑う。


「の、伸びた鼻?」


「池尾禅珍というお坊さんに関する説話です。芥川龍之介の『鼻』の元となりました」


「芥川……?」


「……そこからですか、ならばこれ以上の会話は無駄ですね!」


「ぐおっ!」


「どわっ! っと!」


 女が手をかざすと、長い鼻が超慈たちを襲う。仁は倒れるが、超慈は踏みとどまる。


「しぶといですね……」


「ちっ……気は進まねえが、先に仕掛ければ!」


「今は昔、甲斐の国に大井光遠という者……(中略)」


 超慈が魂択刀で斬りかかるが、女は細腕にもかかわらず、刀を軽々と受け止める。


「な、なんだと!」


「ふん!」


「⁉ おっと!」


 超慈は女の腕を蹴り飛ばし、女から距離を取る。


「か、刀にひびが……なんて力だよ……」


「平安時代の力女の説話です……」


「パワーアップもお手の物かよ、あの本をなんとかしねえと……」


「任せるでござる!」


 飛び出してきた瑠衣が女に向かって飛びかかる。


「鬼龍ちゃん⁉」


「まだ動けましたか! 今は昔……!」


「させないし! 『ぶちまけパウダー』!」


 瑠衣が魂白刀を振るうと、大量の粉が女に降りかかる。


「⁉ し、しまった! 本が粉まみれに……」


「読み通り! 本を汚してしまえば、その妙な能力も使えない! 今でござる!」


「粉で視界が……そこだ!」


 超慈が魂択刀で女の魂を吸い取る。粉の煙が治まると、女は両膝をついている。


「ぐっ……」


「まだ動けるか! 今度こそ『お持ち還り』……」


「待て!」


「部長⁉」


 突然、姫乃が現れる。姫乃が女に語りかける。


「……私の元に戻ってこないか?」


「ええっ⁉」


 姫乃の発言に超慈は驚く。

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