第18話 世界樹の異変とユグの正体

 研究所に戻り、一夜が明けた。

 私たちは、『オリジンの森』の異変の原因について話し合うことにした。


「森一帯があんなことになってしまった原因は、やはり地震だと思うわ。……でも、おかしいのよね。この辺りは地盤が安定しているから、滅多に大きな地震は起こらないのだけど……」


 ナチュラさんはあごに手を当てて呟いた。


(地盤が安定してるってことは、それだけ頑丈ってことだもんね……。だからこそ、今まで自然災害とかが起きても耐えられたわけだし)


 私は納得して黙り込んだ。すると、ナチュラさんは真剣な表情で続ける。


「……地盤が崩れるとしたら、世界樹が何らかの影響を受けた場合くらいしか考えられないわ」


「世界樹……『グレート・リリーフ・ツリー』のことですよね」


 私は確認するように尋ねた。


「ええ。そうよ。世界樹は、この大陸の生命エネルギーを司る存在と言われているわ」


 ナチュラさんはゆっくりと頷いて答える。


(そういえば前にも、そんな話を聞いた気がする……。確か、世界樹がちたらこの世界は滅ぶとか何とか……。……ん?待って!)


 そこまで考えたところで、私はある疑問を抱いた。


(世界樹は枯れないはずなのに、どうしてこんなことになったんだろう……?)


 私は首を傾げる。


「世界樹に、何かあったんでしょうか……?」


 そう尋ねた時、突然研究所の扉が開いた。


「ナチュラ!大変だ!世界樹が……!」


 入ってきたのはオリバーさんだった。彼は息を切らしながら叫ぶ。


「落ち着いて、オリバー!一体何があったの!?」


 ナチュラさんは慌てて問いかけた。すると、オリバーさんは呼吸を整えてから口を開く。


「……世界樹が、朽ち始めているんだ!このままだと……」


「……っ!?」


 私は絶句した。


(そんな……!まさか、本当に……?)


「とにかく、急いで様子を見に行きましょう!」


 ナチュラさんはそう叫ぶと、すぐに部屋を出ていった。


「……!はい!」


 私は我に返り、慌ててその後を追おうとした。だが、ユグのことを思い出して足を止める。

 すると、後ろの方から声が聞こえた。


「……リ、リ?」


「ユグ……?」


 振り向くと、ユグがうつろな目をしてたたずんでいた。


「……いかなきゃ」


 ユグはそう言うと、ふらつきながらも歩き出した。


「ユグ……?どこに行くの……?危ないから、ここにいなよ……?」


 私はユグを引き留めようとする。だが、ユグは止まらなかった。

 研究所を飛び出して、どんどん先へ進んでいく。


(もしかして、ユグも世界樹の元へ向かってるの……?)


 そう思い至った私は、ユグを追いかけることにした。



◆◆◆



 オリジンの森は、昨日よりひどい状態だった。木々は無惨むざんにも倒れているし、地面には大きな亀裂きれつが入っている。まるで災害が起きた後のようだ。

 私は何度も転びそうになったが、必死にユグの後を追った。途中で、先行していたナチュラさんたちと合流し、事情を話してユグを追いかけることにした。


 ユグに追いついた頃には、私たちは森の最深部へと辿たどりついていた。


(これは……)


 目の前には、巨大な樹がそそり立っていた。


(これが、世界樹『グレート・リリーフ・ツリー』……。あれ……?この樹、どこかで見たことがあるような……)


 私は既視感を覚えた。記憶を探っていると、頭の中に映像が流れ込んできた。

 それは、学校帰りに迷い込んだ森で見た光景だった。


(そうだ……。私が、この世界に来る前に見た樹に似てるんだ……)


 私はそう確信する。ただ、違っているのは──


「枝が、腐り始めてる……?」


 私は呆然ぼうぜんと呟いた。その樹は、折れた枝の付け根から腐食ふしょくが始まり、ボロボロになっていたのだ。

 ナチュラさんも、オリバーさんもその様子を確認していた。


「なんてこと……!世界樹が朽ちてしまうなんて……!一体、どうして……」


 ナチュラさんは悲痛そうな表情を浮かべていた。オリバーさんも悔しそうにしている。


(あれ……?そういえば、ユグはどこに行ったんだろう……?)


 辺りを見回すと、少し離れた所で立ち尽くしているユグの姿を見つけた。


「リリ……?」


 そう呟いたユグは、そのまま樹に近づくと、見上げるようにして話しかけ始める。


「リリ……?……なんで、わたしをおいていっちゃったの……?……ねぇ……?……ねぇったら……!」


 ユグは悲しげな表情で叫んだ。すると……


 ──《……ユグ?どうしてあなたがここへ……?》


 樹から声が響いた。

 それは聞いたことがない声だったが、不思議と安心感のある優しい響きをしていた。


「……なんで、なんでよ!ずっといっしょだったのに!」


《いけません……!もうあなたは、わたくしと共に居てはいけないのです……!ユグ……いえ、『ユグドラシル』!》


「やだっ……!」


 ユグは泣きながら首を振る。


「『ユグドラシル』……?」


 私は聞き慣れない言葉に困惑する。すると、私のつぶやきを聞いてか、ナチュラさんが反応した。


「……!フタバちゃん、今『ユグドラシル』って言った……!?」


「えっと……。はい……。この樹が、ユグのことを『ユグドラシル』って呼んで……」


 私は戸惑いながら答えた。すると、ナチュラさんは目を見開いて驚いている様子だった。


「『ユグドラシル』……。まさか、ユグちゃんがあのユグドラシルだなんて……!」


「あの……?どういうことですか……?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「……『ユグドラシル』っていうのはね、世界樹に宿るといわれている精霊のことなのよ」


「え!?そうなんですか!?」


 私は思わず叫んでしまった。


(ユグが、世界樹の精霊……!?そんなことって……!いや……でも、やけに軽かったけど……)


 私は混乱しながらも、ユグの方に視線を向ける。ユグは未だに泣いており、樹と会話をしているようだった。


《わたくしは、もう長くはもちません……。だから、お願いです……。あなただけでも、生きなさい……》


「そんなの、そんなのヤダ……!ずっといっしょにいるんだもん!……うぅ……うあぁああん!」


 ユグは大声で叫び、樹の幹にすがりついて泣いた。

 私はその様子を見て胸が苦しくなった。


(ユグにとって世界樹は、お母さんみたいな存在だったのかな……)


 そう思った私は、世界樹に呼びかけてみることにする。


「……あの、すみません」


《……?わたくしに話しかけているのは、どなたでしょうか?》


「あ……私です……。私の名前はフタバと言います」


 自己紹介をすると、世界樹は驚いたように言った。


《わたくしの言葉がわかる人間がいるとは……。驚きました……》


「は、はい……」


 私はぎこちなく返事をした。そして、勇気を出して質問してみることにした。


「……その、あなたは成長を続けていると聞いていたのですが、どうしてこんなに朽ちかけているんでしょうか……?」


 私はおずおずと尋ねた。すると、世界樹は答える。


《……実は、少し前に魔力の不調を感じたのです。内側から少しずつ何かがむしばまれていくような感覚がして……気がついたら、このような姿になっていました……》


「そんな……」


 私はショックを受けてうつむく。


《……ユグは、これまでわたくしの内部におりました。言葉通り、一心同体の状態です。……しかし、このままではこの子まで朽ち果ててしまう。そのため、外の世界に逃がすことにしたのです……》


 世界樹は辛そうに語った。


(そんなことがあったんだ……。あれ?でも、どうしてユグは記憶を失っていたんだろう……?)


 私は疑問を抱く。


「どうして、ユグは記憶を失っていたんでしょうか?」


 私は率直に尋ねた。すると、世界樹は答える。


《……それは、わたくしのことを忘れて生きてもらいたかったからです。記憶は戻り、この子はここへ戻ってきてしまいましたが……》


 世界樹は困ったように言った。ユグは樹にしがみつき、涙をこぼしながら首を振っている。


「やだ、やだよぅ……」


(ユグ……)


 私はユグの気持ちを考えると、とても切なくなった。親のような存在が喪失を受け入れ、自分を突き放すなんて、そんなの辛いに決まっている。

 私はユグに歩み寄ると、優しく抱きしめた。彼女の背中をさすりながら、世界樹に問いかける。


「……でも、あなたが朽ち果ててしまったら、世界は滅んでしまうのでしょう?それじゃあ、ユグは幸せになれないんじゃ……?」


《それは……》


 世界樹は言葉を詰まらせる。


「……あの、提案があるんですが」


 私は思い切って提案した。


「私に、任せてもらえませんか?」

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