第17話 オリジンの森の異変

 研究所にて。


「結局、濡れちゃったわねぇ……」


「そうですね……」


 タオルで髪を拭いながら言うナチュラさんに、私は苦笑いで返した。

 あのあと、グリチネが泣くものだから、雨が降り出してしまったのだ。幸い、雨は小雨だったため、大事には至らなかったが……。


「ふふふ……。でも、原因がわかって良かったわ。泣き虫なグリチネの木が、雨を降らせてたのね……」


 ナチュラさんはクスクスと笑う。


「『わぁーん!』って泣いてたね!」


 私に髪を拭かれながら、ユグも楽しげに言った。


(そういえば、ユグの記憶は戻ったのかな……?)


 私はふと疑問に思った。

 ユグがここに来てから、色々な場所に連れて行ったりもしたが、記憶が戻る気配はなかった。


「……ねぇ、ユグ。何か思い出したことってある?」


 私は思い切って尋ねてみた。すると、ユグはキョトンとした表情を浮かべた。


「おもいだしたこと?」


「うん……。自分がどこから来たのかとか、家族はいるのか、とかね……」


「ん~……。わかんない……」


 ユグは首を横に振った。


「そっか……」


(やっぱり、まだ難しいのかな……?)


 そう思った時だった。

 急に地面が揺れ始め、地鳴りのような音が聞こえてきた。


「うわっ……!?」


 私は驚いて尻餅をつく。


「地震……!?」


 ナチュラさんも驚いたように呟いた。


(こ、こんな大きな音……。今まで聞いたことない……!)


 私は呆然ぼうぜんとしながら立ち上がると、窓の外を見た。

 すると、遠くの方で土煙のようなものが上がり、地面が波打っているように見えた。


(あれは……!?)


「……『オリジンの森』の方だわ!行ってみましょう!」


 ナチュラさんは叫ぶ。


「はい!ユグ、行くよ!」


「うん!」


 私たちは急いで支度を済ませると、外へ飛び出した。



◆◆◆



 森へ着くと、そこは酷い有様ありさまだった。地面は割れており、木々は倒れている。


(一体何があったの……!?)


 私は唖然あぜんとして立ち尽くす。


「これはひどいわね……」


 ナチュラさんも険しい顔をして言う。


「こわい……」


 ユグはおびえた様子で私の脚にしがみついた。


「大丈夫だよ、ユグ。私が守ってあげるから」


 私はユグに笑顔を向け、頭を撫でた。


「お姉ちゃん……」


「とにかく、まずは状況を確認しないと……。フタバちゃんたちは、ここで待っていてくれるかしら?」


 ナチュラさんは真剣な眼差しで言う。


「はい……。気をつけてくださいね」


「ええ、任せて」


 そう言って、彼女は森の中へと消えていった。

 残された私たちは、大人しく待つことにした。近くに切り株があったため、そこに腰かける。


(この森で、何が起こっているんだろう……?何か悪いことが起こっていないといいけど……)


 そんなことを考えていると、突然強い風が吹き、木々がざわめき始めた。


(えっ……?何……?)


 私は戸惑いつつ、辺りを見回す。だが、特に変わったことは起きていない。

 ユグは何か感じていないだろうかと視線を向ける。すると、彼女はうつろな目をしていた。


(え……?どうしたの……?ユグ……)


 私は不安になって、ユグの小さな肩に触れた。すると……


──《……い……さい》


 私の頭の中に、声のようなものが響いた。


(えっ……?今の声は……?ユグが喋った……?いや、そんなはずは……)


 私は混乱する。すると、また声が響く。


──《……あなた……だけでも……いきなさい……》


 今度はハッキリと聞き取れた。


(……『行きなさい』って?)


 そこでユグの瞳に光が戻り、声も止まった。


「お姉ちゃん……」


「ゆ、ユグ!?今のは……!?」


「わかんない……。なんかこえがきこえたの……」


 ユグは戸惑ったような顔で答える。


(さっきの声は、ユグも聞いてた……?)


 彼女の言葉から察すると、そう考えるのが一番自然だった。


(一体、誰だったの……?)


 私が不思議に思っていると、遠くからナチュラさんが現れた。


「フタバちゃーん!大変よ!早く来てー!」


「あっ!ナチュラさん!おかえりなさい!」


 私は慌てて駆け寄る。すると、ナチュラさんは深刻な表情で話し始めた。


「『メープラの木』が、大変なことになっているわ!」


「えっ……!?」


 私は思わず息をむ。

 メープラの木は、以前この辺りに来た時に樹液をもらった木だ。その木に何かあったというなら、放っておくことはできない。


「見た方が早いと思うわ!少し危険だから、気を付けてね!」


 ナチュラさんはそう言って、私とユグに守護魔法をかけてくれた。


「ありがとうございます!」


 私はそうお礼を言うと、彼女と共に森の奥へと向かった。



◆◆◆



 道中、地震の影響で倒れたと思われる木々を見かけた。


(こんなにたくさん……。ひどい……)


 自然現象とはいえ、私は心を痛めずにはいられなかった。

 しばらく進むと、開けた場所に出た。そこには見覚えのある木が立っていた。


「あ……!『メープラの木』!」


 それは間違いなく、私たちに樹液を分けてくれたあの樹木だった。

 しかし、その姿は大きく変わっていた。枝は折れ、赤く綺麗だった葉も枯れ落ちてしまっている。幹も傷だらけで、とても痛々しい姿になっていた。


「メープラ……!」


──《フタバ、ちゃん……?その声は、フタバちゃんねぇ……?》


 私が呼びかけると、弱々しくではあるが、返事が返ってきた。


「そうです!……何があったんですか!?どうしてこんなことに……」


 私は尋ねる。


《それが……わからないのよぉ……。急に調子がおかしくなって……。私だけじゃないわぁ……。他の植物たちも、次々とこうなってしまったの……》


「……!そうなんですか?」


《ええ……。少なくとも、この森のほとんどの植物が、同じ状態になっているはずだわぁ……》


 メープラは苦しげな声で言った。


(そんな……。それじゃあ、もうすぐ全滅してしまうんじゃ……)


 私は焦燥感を覚えて唇を噛む。


(どうにかしないと……。でも、原因がわからない以上、下手に手出しはできないし……。そもそも、私たちだけで解決できる問題なのかな?)


 私は思考を巡らせるが、良い案は浮かばなかった。


(せめて原因さえわかれば……。でも、私にできることなんて……)


 私はうつむきながら考え込む。すると、再び地面が揺れ始めた。


「きゃぁ!?」


 私は驚き、その場に座り込んでしまった。ユグも怖がって泣いてしまう。


「お姉ちゃん……。こわいよぅ……」


「ユグ……。泣かないで……。大丈夫だよ……」


 私はユグを抱きしめる。


「……フタバちゃん!ここは危険だわ!今日のところは、一度研究所に帰りましょう!」


 ナチュラさんはそう提案してきた。確かに、ここに留まるのは良くないかもしれない。


「わかりました……」


 私は小さくつぶやく。そして、メープラの方を振り返って言う。


「……ごめんなさい。また来た時は、必ずなんとかしますから……!」


《フタバちゃん……。ありがとうねぇ……。でも、無理だけはしないでぇ……。お願い……》


「うん……。約束するね……」


 私は笑顔で答えた。そしてユグを背負うと、ナチュラさんに連れられて、『オリジンの森』を後にしたのだった───。

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