第16話 雨を降らせる『グリチネの花』

「ナチュラさん、もう大丈夫ですか……?」


「ありがとうフタバちゃん……。だいぶ良くなったわ……」


 私はナチュラさんに水の入ったコップを渡す。彼女はそれを一気に飲み干すと、ふぅ……と息をついた。


 あれからしばらくして、ナチュラさんは帰ってきた。手にたくさんのお酒を抱えて……。

 それをしこたま飲んだ彼女は、見事に酔っぱらってしまったのだ。


 ちなみに、ピセロ豆は無事にで上がった。

 味はピセロが言った通りピリッとしょっぱくて、それはそれは美味しかった。ユグも気に入ったようで、たくさん食べていた。


「ごめんなさいね……。こんな醜態しゅうたいさらしてしまって……」


 ナチュラさんは申し訳なさそうに謝る。


「い、いや……。気にしないでください……」


 私は慌ててフォローした。


(まさか、ナチュラさんがあんなにお酒を飲んでしまうとは思わなかったな……。まあ、楽しそうだったから良いんだけど……)


 そう思いながら、チラリと横目で見ると、ユグはぐっすりと眠っていた。どうやらお腹いっぱいになったせいか寝てしまったようだ。


「もう食べられないよぅ……」なんて言いながら、幸せそうな顔で眠っている。


(可愛いなぁ……)


 私は思わず微笑んでしまった。


「ユグちゃん、幸せそうね」


「そうですね」


 ナチュラさんの言葉に、私はクスッと笑って答える。

 ふいに外を見ると、雨が降っていることに気づいた。


「あ……。また降ってますね」


「そうねぇ……。最近多い気がするわ」


 ナチュラさんは窓の外を見つめながら言う。

 彼女の言葉通り、ここ数日間雨が降り続いている。それも、かなり強い雨だ。


「こんなに降り続いていると、災害が心配になりますね……」


「確かにそうね……。何か、原因があるのかしら……」


 ナチュラさんは腕を組んで考え込む。


(雨、かぁ……。そういえば、雨を降らせる魔法植物があったような……)


 私はある魔法植物のことを思い出す。


(確か、名前は……『グリチネの木』)


「ナチュラさん、もしかしたら……その原因がわかるかもしれません」


「え!?本当……?」


 ナチュラさんは驚いた顔をして言う。


「はい。……『グリチネの木』って、どこに生えてるかご存知ですか?」



◆◆◆



 それからしばらくして雨足が落ち着いた頃、私たちは東の森へ向かった。ナチュラさんによると、そこにグリチネの木が生えているらしい。


「確かに、魔法植物が原因というのは、ありえるわね……。思いつかなかったわ」


 ナチュラさんは感心するように言う。


「いや……。前に、ビネが原因で嵐が起きたことがあったので……。今回も同じようなことが起きているんじゃないかと思ったんです」


「なるほどねぇ……」


 ナチュラさんは納得した様子を見せた。


(それにしても、じめじめしてるな……。これも雨の影響なんだろうか……?)


 森の地面はぬかるんでおり、歩きにくい。ユグは大丈夫だろうかと気になったが、彼女を見るとむしろ楽しそうにはしゃいでいた。


「お姉ちゃん!見てみて!へんなキノコが生えてるよ!」なんて言って、道端に落ちている変な色のキノコを拾おうとするので、さすがに止めたりもしたが……。


「フタバちゃん、あそこよ」


 ナチュラさんは立ち止まると、前方を指さした。見るとそこには、大きな木が立っていた。それは目当てのグリチネの木だった。

 グリチネの木は藤の木のような見た目をしており、枝先には鮮やかな紫の花をつけている。日によって色が変わるらしく、今は薄い紫色をしている。


「綺麗……」


 私は思わず見とれてしまう。


「ホント、綺麗よね……。とても神秘的な光景だと思うわ」


 ナチュラさんはしみじみと言う。


「そうですね……。本当に幻想的です」


 私は同意する。

 それからしばらく眺めていたが、私はハッとした。


(いけない!目的を忘れるところだった……!何か異常がないか調べないと……)


 そこで私は早速、木の観察を始めた。すると、異変はすぐに見つかった。


(これ……コブみたいなものができてる……。もしかして、『コブびょう』かもしれない……!)


『コブ病』とは、樹木に発生する病気だ。

 その名の通り、枝や幹にコブができてしまい、それが大きくなると木の成長を阻害してしまうのだ。


(治療法は、できたコブを切除するしかないはず……。とりあえず、この木に許可をもらわないと)


 私はそう判断した。


「あの……。すみません、ちょっといいですか?」


 私は恐る恐る、グリチネの木に声をかけた。すると……


──《……どなたですか?》


 そんな声と共に、グリチネの花が揺れた。花に付いたしずくがキラキラと散る。


「私は、フタバっていいます。実はあなたにお願いがあってきました」


《そうですか……。それで、どんな用件でしょうか?》


 グリチネは落ち着いた口調で尋ねてくる。


「実は、あなたの体にコブのようなものができているのが見えたんです……」


 私がそこまで話すと、グリチネは枝先を震わせた。


《……うっ、うぅ。ぐすん……》


「え……ど、どうしたんですか!?」


 突然泣き出してしまったので、私は慌てた。


《やっぱり、私は病気なんですね……。ぐすっ……。もうすぐ死んでしまうのでしょう……?》


 グリチネは涙声で訴える。


《うぅ……うわぁぁん!》


 そして、とうとう本格的に泣いてしまった。

 すると、花から霧のようなものが発生し始めた。それは大気中の水分を取り込んで、雨雲へと変わっていく。


(これって……もしかして、泣いたら天気が崩れちゃう感じ!?)


 私はそう察すると同時に、焦った。


(まずい!早く止めなきゃ!)


「えっと……!落ち着いてください!私が治療しますから!」


 私は必死に呼びかけた。すると、グリチネは泣き止んでくれたようだ。


《……ぐすっ。本当ですか?》


「はい、もちろんです!」


 私は力強く答えた。


《お願いします……!もう、治らないと思っていました……。私を助けてください……!》


「はい!」



 それから、私は剪定せんていバサミを片手に、グリチネに向き合った。本当なら高枝切たかえだきりバサミを使うべきだが、私が持っていたのは普通の剪定バサミだけだった。


(でも、無いものは仕方ない!頑張ろう!)


 私はそう意気込み、ハサミを構える。


「じゃあ、始めますね……」


《は、はい……。お願いします……》


 グリチネは緊張しているようだった。枝先の花が小さく震えている。


(そうだよね、怖いよね……。手術みたいなものなんだし……)


 私はそう思うと、なるべく優しく話しかけた。


「安心してください。すぐに終わりますので……」


《は、はい……》


 グリチネは少しだけ元気を取り戻したようだ。


(よし……やるぞ……!)


 私は覚悟を決めると、コブの根元にハサミをあて、慎重に切り取った。


(これで、一つ目は完了……)


 続いて、二つ目に取りかかる。今度は、それほど苦労せずに除去することができた。


「ふぅ……」


 私は額の汗を拭った。


(あとは、薬剤を塗れば……)


 私はリュックから薬を取り出す。それを塗り始めると、グリチネは小さく悲鳴をあげた。


《ひゃぁ……し、しみます……》


「ごめんなさい!もう少し我慢してもらえますか?」


《は、はぃ……。がんばります……》


 グリチネはプルプルと枝を震わせながらも、何とか耐えてくれた。


「これで終わりです……!」


 私がそう言うと、グリチネは嬉しそうに答えた。


《ありがとうございます……!おかげで助かりました……!》


「いえ、お役に立てて嬉しいです」


《……うぅ、良かったですぅ……ぐすっ……》


「わー!また、くもってきたよ!」


「あらあら、大変ね……」


 ユグとナチュラさんが、空を見上げて言う。


「ええっ!?ちょっと、泣かないでくださいー!」


 再び泣き出したグリチネに、私は慌てふためくのだった───。

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