第15話 品種改良で誕生!『ピセロ豆』

 翌日の昼頃。私は、研究所で図鑑を眺めたりしながらゴロゴロしていた。

 ナチュラさんから、「昨日のお休みは、結局調査みたいになっちゃったから、今日もお休みにしましょう」と言われたからだ。


「う~ん……。どうしようかな……。やることがない……」


 私はベッドの上で伸びをしながらつぶやいた。

 すると、部屋の扉がノックされる。


「フタバちゃん、いるかしら?」


 ナチュラさんの声だった。


「は~い!今行きます」


 私は返事をして部屋を出る。部屋の外には、どこか楽しそうな顔をしたナチュラさんが立っていた。


「うふふ……。フタバちゃん、ちょっとこっちに来てちょうだい」


 そう言って、ナチュラさんは私を手招きする。


(何だろう?とりあえず行ってみるか……。それにしても、なんだか機嫌が良いような……?)


「はい。何ですか?」


 私が尋ねると、彼女は満面の笑顔を見せた。


「良いニュースがあるのよ!」


「良いニュース?」


 私が首を傾げると、彼女は得意げに語り始めた。


「そうよ!実はね……ついに、魔法植物の不調に効く栄養剤が完成したのよ!」


「本当ですか!?すごいじゃないですか!」


「えぇ、苦労した甲斐かいがあったわ!」


 ナチュラさんは嬉しそうに笑う。


(そっか……。この世界でも、栄養剤ができたのかぁ……。それなら、この世界の全ての植物が元気になる日が来るかも……!)


 私が期待に胸を膨らませていると、ナチュラさんはこう続けた。


「それでね、この栄養剤を試してみようと思って!フタバちゃんも見たいでしょ?」


「はい!もちろん見たいです!」


 私は力強く答える。


「よし、決まりね!早速いきましょ!」


 私たちは意気揚々ようようと研究室に向かった。



◆◆◆



 私たちは研究室に着くと、ナチュラさんは瓶に入った液体を見せてくれた。


「これがその薬なの!」


 それは淡い緑色をした透明の液体だった。


「これが……。なんだか綺麗ですね」


 私はまじまじとその液体を見つめる。


「そうでしょう?これはね、様々な種類の薬草を煮出して作ったエキスなのよ。完成するまで大変だったわ……」


 ナチュラさんは感慨深そうに言う。


「なるほど!いろんな成分が混ざっているんですね?」


「そういうことよ!だから、効果は抜群なはずよ!」


 ナチュラさんは自信たっぷりに言い切った。

 その時、はち植えを持ったユグがやってくる。鉢にはエンドウ豆に似た豆が植えられていた。


「お姉ちゃ~ん!このお豆、しおれちゃってるよ~」


「あらら……。やっぱりうまくいかなかったか……」


 ナチュラさんは残念そうに言う。


「どうしたんですか?」


「この豆─『ピセロ豆』は、私が『植物進化プランツ・エボルブ』で品種改良したものなのよ。電気と水の、2つの魔力を与えようとしたのだけど……。失敗しちゃったみたい……」


(そっか、ナチュラさんの固有魔法には、品種改良の力もあったっけ……)


 私は彼女の力を思い出しながら考えた。


「そうなんですか……。あっ!その栄養剤を与えてみたらどうですか?」


「あぁ!その手が合ったわね!」


 ナチュラさんはポンと手を叩く。

 それから私たちは、『ピセロ豆』に栄養剤を与えてみることにした。



「よし!それじゃあ、あげてみるわね……」


 ナチュラさんは慎重にピセロ豆の根元へ栄養剤を垂らす。すると、一瞬にして枯れていた葉が、瑞々みずみずしく生気を取り戻した。


「やった!成功よ!」


 ナチュラさんは喜びの声を上げる。


「すご~い!お豆、元気になったよ!」


 ユグも嬉しそうだ。


──《……あぁ~っ!生き返ったッスー!》


「わっ!びっくりした……!」


 突然聞こえた声に私は驚く。


《いや~、助かったッスー!本当にありがとうございます!》


 もしやと思ってピセロ豆の方を見ると、《あっ!おれッス!》と言わんばかりに葉を揺らしている。


「えっと……もしかして、あなたが喋ってるの?」


《はい!そうッス!》


 ピセロはブンブンと枝を揺らす。枝先の豆が今にも飛んできそうだ。


《今までは、魔力におれがついていけなかったんスけど……。今はもう大丈夫ッス!》


 そう言って、ピセロは嬉しそうに揺れる。


(……ん?ということは、品種改良が成功してるんじゃ……)


「あの……。ナチュラさん、ちょっといいですか?」


「えぇ、いいわよ」


 ナチュラさんは優しく答えてくれる。


「この子……ピセロが言うには、今はもう元気になって、前より丈夫になってるらしいんです」


「……えぇ!?じゃあ、2つの魔力をちゃんと宿してるってこと!?」


 ナチュラさんは驚きの声を上げる。


《そうッス!そうなんスよ!》


「はい、そうみたいですよ」


 私はピセロの言葉を通訳する。


「きゃあ~!新種の誕生だわ~!!」


「わぁ~!」


 歓喜の声をあげるナチュラさんに、ユグも一緒になって喜んでいる。ユグに意味がわかっているかは定かではないが……。


「新種……それって凄いことなんですか?」


「凄いに決まってるじゃない!今まで、2つ以上の魔力を持つ魔法植物なんて存在しなかったのよ!?」


 ナチュラさんは興奮気味に言う。


「そうなんですか……。でも、良かったね!ピセロ!」


《はいっ!ホントに嬉しいッス!》


 ピセロは枝先をフリフリさせて喜んだ。


「お兄ちゃんは、どんなことができるの?見せて!」


《了解ッス!》


 そう言って、ピセロは枝を振ると、いくつか豆を飛ばした。そして、豆たちは宙を舞ったかと思うと、空中で静止しだした。


(え……?これってもしかして……)


「うわー!!すごい!お豆が浮いてるー!」


 ユグが目を輝かせている。


《フフン!どうッスか!これがおれの特技ッス!》


 ピセロは自慢げに言う。


「これ、どうやってるの……?」


《え~と……。空気中の水分と、電気を使って浮かせてるんス!》


(なるほど……水と電気を応用して……って、そんな簡単にできるものなのかな?)


 私は疑問に思ったが、考えても仕方ないので、それ以上考えるのをやめた。


「お豆、食べれるの?」


《食べれるッスよ!ピリッと塩味えんみがあって美味しいッス!》


 ユグは興味津々といった様子で尋ねると、ピセロは枝を振って答える。


「ほんと!?楽しみ~!」


 ユグは嬉しそうに言った。


(本当に、ユグは食べるの好きだなぁ……)


 私は苦笑する。


「ふふっ……。そのままだと固いだろうから、でてあげるわ。二人とも、ピセロ豆を集めてくれる?」


「は~い!」


「わかりました!」


 ナチュラさんの呼びかけに、私とユグは元気よく返事をする。それから私たちは豆を集め始めた。


「『ピリッと塩辛い』かぁ……」


「フタバちゃん?どうかしたの?」


 ポツリと呟いた私を、ナチュラさんは不思議そうに見つめてくる。


「いえ……。私はそんなに飲まないですが、お酒とかと合いそうだなぁ~と思いまして……」


 私は、かつてお父さんがビール片手に枝豆をつまんでいたことを思い出していた。


「その手があったか……!」


 ナチュラさんはハッとしたように呟いた。


「……え?」


「ちょっと、買いに行ってくるわ!フタバちゃんはピセロ豆を茹でて待ってて!」


「えぇ~!!」


 彼女は私の返事を待たずに、研究所を飛び出していった。


(ナチュラさん……。もしかして、お酒好きなんだろうか……?)


 私はそんなことを考えながら、言われた通りにピセロ豆を鍋に入れて水を張った。


《にぎやかな人ッスね~》


「そうだね……」


 ピセロの言葉に、私は苦笑いしながら答えたのだった───。

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