第14話 クセは強めな『ザイーブの木』

 研究所に戻り、調査が終わったことを伝えると、オリバーさんはとても驚いた。


「えっ……!もう終わったのかい!?」


「はい。少し栄養不足なフラップがいたので、栄養剤をあげました」


「お花、みんな元気になったよ~!」


 ユグも笑顔で言う。


「そ、そうなのか……。まさか、こんなにも早く終わるなんて……。どうやったらそんなことができるんだい……?」


 オリバーさんは呆然ぼうぜんとした様子で言った。


「あっ……。えっと……フラップに聞いたんです」


「フラップに!?」


 私が答えると、オリバーさんはさらに驚く。そんな彼を見て、ナチュラさんは笑った。


「うふふ……。フタバちゃんは植物の言葉がわかるのよ。オリバーには言ってなかったわね」


「聞いてなかったよ……。でも、そういうことだったのか……。さすがはフタバさんだね!」


 オリバーさんは納得したというように、大きく首を縦に振ってみせる。


「フタバお姉ちゃんはすごいんだよ!」


 ユグは誇らしげにそう言うと、胸を張った。


「ユ、ユグ……。恥ずかしいからやめて……。それに、私なんかまだまだだし……」


 私は照れ臭くなってうつむいた。


「いやぁ、フタバさんがいなかったら、今回の依頼は達成できなかったかもしれない……。本当に感謝しているよ」


 オリバーさんは改めて頭を下げる。その言葉を聞いたナチュラさんも、「ほんとよ」と言って微笑む。


(なんだか、褒められるのに慣れてないから、こそばゆい感じがする……。でも、やっぱり嬉しいかも……!)


 私は心の中で喜びを感じていた。


「う~ん……。フタバさんなら、これも解決してくれるかな……」


 ふいに、オリバーさんはそう呟いた。


「どうしました?」


「あぁ、いや……。ちょっと個人的な悩みがあってね……。もしかしたら、手伝ってもらえるかと思ったんだが……」


「もちろんですよ!私で良ければ、なんでも相談に乗ります!」


 私は元気よく答えた。


「ありがとう……。でも、フタバさんも忙しいだろう?僕のことは気にしないでくれ」


「いえ、そんなこと……」


「オリバー、良いわよ。フタバちゃんには、明日の調査はお休みにしてもらうから。フタバちゃん、彼の相談に乗ってあげてくれない?」


 私が引き止めようとすると、ナチュラさんがそう提案してきた。


「はい!わかりました!」


「……すまないね。では、お言葉に甘えてお願いしようかな」


「任せてください!……ところで、どんな悩みなんですか?」


「あぁ、それがね……」



◆◆◆



 オリバーさんの悩みは、彼の自宅の庭にある『ザイーブの木』についてだった。


 オリバーさんいわく、「どうも他の木とは変わっていてね……。なんというか……うん……」とのことらしい。


 そこで私たちはオリバーさんの家に行くことにした。実際に見た方が早いだろうと判断したからだ。


「これがその『ザイーブの木』だよ」


 オリバーさんはそう言うと、目の前の一本の樹木を指差した。


 その木はオリーブのような見た目をしており、枝の先には緑色の実がなっている。


「なんだか、おもしろい形をしてるね~?」


 ユグは不思議そうにその樹を見つめる。私も同意見だった。


『ザイーブの木』は、普通ならまっすぐな幹をしているはずだ。だが、この木はなぜかななめに伸びている。

 そして、枝の方はぐにゃぐにゃと曲がっているのだ。


(確かに変な形をしているけど……。何かあるのかな……?)


 私とユグは顔を見合わせて首をかしげる。すると、オリバーさんは説明を始めた。


「……この木なんだけど、実の方は他のザイーブの木と変わらないんだよ。でも、見た目がこんな形だし……何か病気でもあるのかと思ってね……」


「なるほど……」


 私は相槌あいづちを打つ。


 ザイーブの実は、オリーブと同じように油が採れるのだ。『オリーブオイル』ならぬ『ザイーブオイル』である。

 その味はクセがなくサッパリとしていて、とても美味しいのだとか。


「フタバちゃん、話しかけてみたらどうかしら?」


「あぁ……!そうですね!やってみます!」


 ナチュラさんの提案に、私は乗ることにした。


「こんにちは……。私はフタバっていいます」


 すると、ザイーブの木は振り向くように枝をこちらに向けた。


──《……ん?ボクに話しかけているのは、そこのお嬢さんかい?》


「はい!そうです」


《そうかそうか!なかなか素敵なお嬢さんじゃないか!気に入ったよ!》


 ザイーブは枝をビシッと伸ばして、ついた葉を揺らす。


「わたしはね、ユグだよ!」


 ユグも負けじと挨拶をする。


《おぉ!かわいいお嬢ちゃんだね!》


「えへへ~♪ありがとう!」


 ユグは嬉しそうに笑う。

 私たちの様子を見ていたオリバーさんは、口をあんぐりと開けていた。


「お、驚いたな……。本当に会話ができるんだね……」


 そこで、私はハッとした。


(これ……スキルを知らない周りの人から見たら、木に話しかける変な人に見えるんじゃ……?)


 私は不安になったが、オリバーさんはむしろ興味深そうにしていた。


「凄いな……。どうやったら、そんなことができるんだろう?」


 どうやら、彼は純粋に私のスキルに興味があるようだ。


(良かった……。まぁ、周りからどう思われようと関係ないよね!)


 私はそう思い直すと、話を続けた。


「それで……ザイーブは、どうしてそんな形をしているんですか?」


《フフン、それはね……。この方がカッコイイからさ!》


「えぇ~!?」


 予想外の回答に、私は驚きの声を上げる。


《キミたちも素敵さ。……だが!ボクはもっと素晴らしい!!》


 ザイーブは、まるでモデルがポーズをとるように枝をくねらせた。


「……」


 私はあきれて何も言えなかった。すると、ユグが口を開く。


「このお兄ちゃん、なんかヘン……!」


「しっ!ダメだよ、ユグ!失礼なこと言ったら!」


 慌ててユグをしかるが、すでに遅かったようだ。


《おぉ……。今のは中々キツい一言だったよ……。心にグサっときたよ……》


「ご、ごめんなさい!」


 私は慌てて謝る。


《いやいや!いいのさ!……でも、変わってるイコールオンリーワン!褒め言葉だ!!》


 またまたザイーブは『シャキーン!』と効果音でも付きそうな勢いで、枝を振りかざしてみせた。


(ポジティブ……!)


 私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


(でもまあ、病気が原因とかじゃなくて良かった……)


 私はホッと息をつく。すると、ナチュラさんが尋ねてきた。


「フタバちゃん、それで……どうしてこんな形なのかわかった?」


「えっと……」


 私はどう説明しようか悩んでしまった。

 このポジティブナルシストをどう表現したら良いのかわからない。採れるオイルはクセがないのに、性格はクセのかたまりである……。


「えっと……。その、つまり……。この木の個性みたいなものだと思うんです!」


 悩んだ末、私はそう言うことにした。


「個性か……。じゃあ、この木はどんな性格なんだい?」


 オリバーさんは興味津々とばかりに聞いてくる。


「えーと……その……!とっても明るい性格です!」


「ハハッ!そうか!……ということは、僕に似ているのかもしれないな!」


 オリバーさんは楽しげに笑った。


(よかった……。納得してくれたみたい……)


 私は安堵あんどする。


「え~?でも、そんなに似てな……むぐ~!」


「ユグ!ちょっと黙ってようね?」


 私はユグの口を手でふさいだ。


《ハッハァー!仲良くしようぜ、兄弟ブラザー!》


 ザイーブはオリバーさんに向けて、またビシッ!と枝を伸ばした。


「フフッ……。なんだか楽しそうね」


 ナチュラさんはその様子を見て微笑んでいる。


(あぁ~……。もう、誰か助けてよぉ……!)


 それからしばらく、オリバーさんとザイーブの漫才のようなやり取りが続いたのだった───。

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