第13話 あたたかな燈の『フラップの花』

 翌朝、私はユグに起こされた。普段なら私の方が先に起きるのだが、昨日は帰り際にサリューからあんなことを言われたからか、なかなか寝付けなかったのだ。

 ユグからは「お姉ちゃん、お寝坊さんだね~!」なんて言われてしまった……。


 急いで支度をしてリビングまで向かうと、そこにはナチュラさんと見知らぬ男性の姿が見えた。なにやら談笑しているようだが、男性はこちらに気づいて挨拶をしてくれた。


「やぁ。君がフタバさんかい?ナチュラから聞いているよ。……君、『魔法植物研究医』なんだって?凄いじゃないか!」


 彼はそう言うと、爽やかな笑顔を見せた。

 年齢は30代前半くらいだろうか?短く切り揃えられた暗緑色の髪が印象的だった。


「いえ、そ、そんなことありませんよ……」


 私は照れながら返事をする。すると、ナチュラさんが話に加わった。


「あら、謙遜けんそんしなくて良いのよ?フタバちゃんには、私も助けられてるから」


 2人に褒められて、私はますます恥ずかしくなってしまった。

 なんとか話をらそうと、私は男性に話しかける。


「あの……お名前を聞いても良いですか?」


「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね」


 彼はそう言って微笑むと、自分の名を名乗った。


「僕は『オリバー・アドラス』。『オリバー』でいいよ」


「オリバーさん……ですね。よろしくお願いします」


 私はそう言うと、ペコリとお辞儀をした。すると、彼の方も頭を下げてくれた。


「えっと……お二人はどういった関係なんですか?もしかして、ご夫婦とか……?」


 私はおずおずと尋ねる。すると、2人は顔を見合わせて笑った。


「まさか!僕たちはただの友人だよ」


「えぇ。そんなふうに見えるかしら?」


「えぇ!?ち、違うんですか!?」


(……あれ?でも、それじゃあ何で一緒に?)


 そんな疑問を抱いていると、ナチュラさんが答えを教えてくれた。


「私のところに調査依頼が来るって話はしたわよね?オリバーは、その依頼を持ってきてくれる人なの」


「へぇ……。そうなんですか……」


「僕はこのヴェルデ国の代表をしていてね。魔法植物の異常とかは、全て僕に寄せられるんだ。……でも、僕には解決できないから、こうしてナチュラに頼んでいるってわけさ」


「なるほど……。そういうことだったんですか……」


(この人、偉い人だったんだ……!)


 私は驚いてしまう。


「今日の依頼をナチュラと話していたところだったんだ。この魔法植物なんだけど……」


 オリバーさんはそう言うと、カバンの中から紙を取り出した。


「これって……『フラップの花』ですか?」


「おっ、よく知ってるね!その通りだよ。ここから西に行ったところにフラップの花畑があってね……。その花たちの状態を調べてほしいんだ」


「状態の調査……ですか?」


「うん。わかりやすく言うと、健康観察みたいな感じかな。……フタバさんは植物医師って聞いてたから、こういうの得意かなって思って」


 オリバーさんはそう言って微笑んだ。


(な、なんか緊張するなぁ……。でも、やれるだけのことはやってみよう!)


「はい!任せてください!」


 私は元気に答えると、早速準備に取りかかった。



◆◆◆



『フラップの花』は、チューリップのような見た目をしている魔法植物だ。

 炎の魔力を宿しており、花弁の内側に熱を発生させることで発火させるという特徴がある。その性質から、照明代わりとして重宝されているらしい。


(確か、ロウソクみたいに火が灯るんだよね……。可愛いだろうなぁ……)


 私は密かに期待に胸をふくらませていた。


「お花♪お花~♪フラップのお花♪」


 ユグが拍子ひょうしを刻んで歌っている。どうやら上機嫌らしい。

 オリバーさんから話を聞いた後、これから調査に行くと伝えたら、「わたしも行く!」と駄々をこね始めたのだ。

 結局、私が折れる形で連れて行くことにしたのだが……。



 それから数時間が経ち、私たちは目的の場所へと到着した。


「うわ~!すごい!きれい!」


 ユグはそう言って歓声を上げると、無邪気に走り回る。

 目の前に広がるのは、赤、白、黄色……様々な色のフラップたち。風に揺れるその姿はとても美しく、見ているだけで心が癒される。


(本当に綺麗……。でも、ここの花たち全ての健康観察をするのは、ちょっと骨が折れるかも……)


 私はそう思いながら、辺りを見回した。

 すると、ユグの姿が見えないことに気づく。


(あれ……?どこに行っちゃったんだろう……?)


 不思議に思い、私は周囲を散策してみる。すると、ユグはしゃがみこんでなにやら話をしていた。


「ねえねえ!火、つけられるの?」


《そうだよ!》

《やってみる?》


「ほんと!?じゃあ、やって見せて!……あ、お姉ちゃんだ!お姉ちゃーん!」


 どうやら、フラップたちと会話していたようだ。

 こちらに手を振るユグを見て、私はひらめいた。


(……そうだ!1本ずつ観察するんじゃなくて、『フラップたちに調子を聞けばいい』んだ!)


 そう思った私は、早速試してみることにした。


「ねぇ、みんな!聞こえるー?」


 周りに聞かせるように、大きな声で呼びかける。すると、《なあに~?》と声が返ってきた。どうやら、上手くいったようだ。


「私の名前はフタバっていうの!今日は、みんなが元気かどうか調べに来たんだよ!」


 私はそう言って微笑むと、続けて質問を投げかける。


「それでね……。えっと……みんなの調子はどうかな?どこか痛かったりしない?」


 私はおずおずと尋ねた。すると、 《だいじょうぶ~!》 《げんき~!》 などと、次々と返事が聞こえてきた。


(なんだか、幼稚園の先生にでもなった気分だなぁ……)


 私は思わず笑ってしまう。そこへ、ユグが「お姉ちゃーん!こっちに、元気がない子がいるってー!」と叫んだ。


「わかった!今すぐ行くから待っててね!」


 私は慌てて駆け出した。そして、そのフラップのところまで辿たどり着くと、目線を合わせるためにかがむ。


「こんにちは。……あなたが、元気が無いって聞いたんだけど……?」


 そう言うと、その花は静かに語り始めた。


《……うん。ぼく、いつもより元気ないんだ。なんだかね、すごく疲れてる気がするの》


(なにかあったのかな……?)


 私は疑問を抱くが、まずは元気づけることが先決だと思い直す。


「そうなの……。じゃあ、お姉さんがてあげるね」


 私はそう言うと、フラップの状態を観察する。


(う~ん……。全体的にしおれてるような……。栄養不足とかかな?)


 私はそう判断すると、リュックから栄養剤を取り出す。


「ちょっといいかな……?これ、元気になるお薬なんだけど……。君にあげても、良いかな……?」


 私は優しく問いかける。


《……いいの?ありがとう……!》


 フラップは嬉しそうに返事をした。

 それを見届けると、私は栄養剤を花の根元に振りかけた。すると、閉じていた花弁が開き、小さな火が灯った。


「わぁ……!かわいい……!」


 私は感嘆の声を上げた。その声を聞いてか、ユグもこちらにやってきた。


「お姉ちゃん!その子、どうだった?」


「うん!とっても元気になったよ!ほら、見てみて!」


 私はそう言うと、ユグにフラップを見せた。


「本当だ!キラキラになったね!」


 ユグは楽しそうに笑う。すると、他のフラップたちが私に話しかけてきた。


《いいな~》

《わたしにもちょうだい!》

《僕にも!》


 どうやら、羨ましくなったようだ。


(薄めて散布さんぷすればいいかな……?)


 そう考えた私は栄養剤を水筒の水で希釈きしゃくし、辺りにいてみた。

 すると、 《やったー!》 《嬉しい!》 と、次々に歓喜の声が上がる。そして、次々と火が灯っていく。

 暗くなってきたのもあり、その光景はまるでイルミネーションのようだった。


《お姉ちゃん、ありがとー!》

《ねぇ、お姉ちゃん!ずっとここにいてよ!》


「えっ……?それはちょっと……」


 私は困ってしまい、苦笑いを浮かべる。

 すると、ユグが口を開いた。


「ダメー!!フタバお姉ちゃんはわたしのなの!だから、ダメ!!」


 そう言って、ユグは私の腕にしがみつく。


(か、かわいすぎる……!)


 私はもだえる気持ちを抑えつつ、必死に平静を保った。


「ごめんね……。私、そろそろ帰らないと……」


 私はそう言って、ユグの手を取る。


《そっかー……》

《それじゃあ、また来てよ!》

《約束だよ!》


 フラップたちは名残惜しそうに言った。


「うん。きっと来るからね!」


 そう言い残すと、私はユグを連れて花畑を後にしたのだった───。

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