第12話 後ろの正面……?『サリューの木』

「……う~ん、美味しい~!」


「おいしー!」


 ナチュラさんとユグは、幸せそうな表情を浮かべて言った。


「本当に美味しいですね!」


 私も同じ感想を口にした。


 私は今、エピタルの実をふんだんに使ったパイをご馳走ちそうになっていた。エピタルの実は、とてもジューシーで甘く、パイのサクッとした食感とマッチしていて、絶品だった。


「喜んでもらえて良かったわ!」


 ナチュラさんはそう言って笑うと、自分の分のパイに手をつける。


「でもまさか、病気が原因じゃなくて、性格が原因だったなんて思いませんでしたよ……」


 苦笑いしながら、私は言った。


「ふふっ。確かに、普通はそう思うわよね……。でも、たまにいるのよ。そういう変わった子がね……」


 ナチュラさんはそう言って笑った。

 確かに、私が今まで出会った魔法植物たちは個性豊かだった。エピタルもその例に漏れなかったということなのだろう。


「でも良かったわ。最近、魔力の暴走や病気にかかる魔法植物が増えてたから、心配してたのよ」


「えぇ!?そうなんですか?」


「ええ。これでも私は『魔法植物育成の第一人者』だから、調査依頼も受けてたんだけど……。最近になってそれが増えてて……」


 ナチュラさんは困ったような顔をして言った。


「どうしてでしょうね……?」


 私は疑問をそのまま口に出す。


「わからないわ……。ただ、何か良くないことが起こっているのは間違いなさそうだわ……」


 ナチュラさんのその言葉は、どこか重々しい響きを持っていた。


「そうなんですね……。気を付けます……」


 私は気を引き締めるようにそう言うと、お茶を一口飲んだ。


「あら、ユグちゃん……」


「……?どうかしましたか?」


 ユグの方を見ると、彼女はうつらうつらと舟をいでいた。どうやら眠いらしい。


「お腹いっぱいになったら、眠くなってきちゃったみたいね……」


「そうみたいですね……」


 私はユグの様子を見て、微笑ましく思ったのだった。



◆◆◆



 パイを食べ終えた後、私は魔法植物の調査に向かった。

 ユグのことは、ナチュラさんが「寝かせてあげましょう」と言ってくれたので、任せることにした。


(よし!今日も頑張ろう……!)


 私は気合いを入れると、目的地へと足を進めた。


 今日調査するのは『サリューの木』だ。柳の木によく似た見た目をしており、枝には無数の葉がついている。そして……


「『霊系の魔力を持ち、魔除けの効果があるとされている』……かぁ……!」


 私は図鑑の説明を読みながら呟いた。


 元の世界では、柳の木といえば幽霊のイメージがある。そのため、あまり良い印象を持っていない人も多そうだが、こちらの世界にはそういった概念は無いようだ。


(まぁ、お化けとかはいないっぽいもんね……)


 私はそんなことを考えながら、森の中を進む。

 だが、歩いているとすぐに違和感を覚えた。


(あれ……?ここ、さっきも通ったような……?)


 そんな感覚に襲われるのだ。だが、周囲を見渡しても特に変化は見られない。


(気のせいかな……?)


 私は首を傾げながらも先に進む。

 すると──


──《ひえぇっ……!》


 どこからか、そんな悲鳴が聞こえた気がした。


(……?今の声は……)


 一瞬のことだったが、はっきりと聞き取れた。誰かが助けを求める声だったと思う。


(でも、この辺りに人がいる気配はないんだよなぁ……)


 私は耳を澄ませてみるが、聞こえるのは風で揺れる草木の音だけだった。


(空耳……?いや、でも……)


 その時、私はハッとひらめいた。

 もしかしたら、魔法植物の声かもしれない……! そう思って、再び意識を集中させる。すると──


《たすけてぇ……!》


 今度はよりはっきり、助けを求めている声が聞こえた。


(やっぱり……!この声を頼りに行けば……!)


 私はそう決心すると、その方向へ走り出した。



◆◆◆



 しばらく走っていると、目の前に一本の大木が現れた。


(これが、『サリューの木』……!)


 私は息を整えてから、ゆっくりと近づいていく。

 その木は、よく見ると震えているようだった。


「あの……。大丈夫ですか……?」


 私は恐る恐る声を掛けてみる。


《ヒエッ!な、な、何ですか……!?》


 すると、驚いたように声が返ってきた。

 どうやら怯えさせてしまったようだ。


「驚かせてしまってすみません……。私はフタバといいます。あなたを助けに来たんですよ」


《へっ!?そ、そうなんですか!?》


「はい。なので安心してください」


 私が笑顔で言うと、サリューはホッとしたように言った。


《あ、ありがとうございます……!》


「いえいえ。ところで、いったい何があったんですか……?」


《…………出たんですよ》


「はい?」


(出たって、何が?……もしかして、お化け的な? )


 そこまで考えて、私はゾクッとする。……いやいやそんなはずない。だってここは別の世界だし……。


(お化けなんかいないよね……!うん!)


 私は自分に言い聞かせると、話の続きを聞くことにした。


《ヤツが、ヤツが出たんですよ!そいつは私の葉を……ひいぃ!》


 サリューは恐怖を思い出したのか、ガタガタと枝葉を震わせた。すると、周りの景色がゆがみ始めたのだ。


「えっ…?ど、どうなってるの……!?」


 私は驚いて叫ぶ。サリューはというと……


《うああぁ……》


 完全に放心状態になっていた。


「ちょっと!しっかりしてくださ……」


 私はサリューに向き直り、揺すろうとして気づいた。その葉に小さな虫が付いていることに……。


(これ、アブラムシだ……!)


 私は確信する。その正体は、サリューの葉に寄生しているアブラムシ……のような生物だった。

 どうやら、こいつがサリューの樹液──体液を吸収していたらしい。その影響で、サリューは幻覚を見てしまっていたようだ。


(でも、どうして景色が歪み始めたんだろう……?)


 私は不思議に思いながらも、原因を探ろうと図鑑をパラパラとめくっていく。すると──


「あった……!『サリューの木には、幻惑作用がある』、これだ!」


 私は思わず声を上げた。

 その説明によると、サリューの木は枝葉を強く揺らすことで外敵を幻惑し、身を守っているらしい。


(これ、多分虫のせいで魔力が暴走してるんだ……!このままだとまずい……!)


 私は焦燥感しょうそうかんに駆られる。


(こうなったら……原因をなんとかするしかない!)


 そう思い、私はリュックから殺虫剤を取り出した。


「サリュー!今助けるから!」


 私はそう言ってスプレーを構えると、勢い良く噴射した。


《ぎゃあっ!あばばばば……!》


「もうすぐ終わるから、もう少し我慢して!」


 サリューは奇怪な声をあげてもだえる。だが、私は構わずに噴霧ふんむを続けた。



「よし……これで終わり!」


 数分後、私は全ての害虫を取り除いた。


《はぁ……はぁ……。あ、ありがとございました……。助かりまし……》


「ううん。それより、大丈夫?」


《ハイ……。なんとか……。それにしても、すごい威力ですね……!私初めて見ましたよ、あんな強力なの……!これでヤツらともグッバイ!ですね……!》


 サリューは興奮したように早口で言った。


「あはは……。それは良かった……」


 私は苦笑いしながら答える。すると、サリューはハッとしたように言った。


《あっ……。なんか、スミマセン……。私ったら、つい調子に乗ってしまって……》


「いいよいいよ!気にしないで!」


 私は慌ててフォローを入れる。


《ありがとうございます……。あ……帰り、気をつけて下さいね。これ、ドウゾ……》


 その言葉の後、葉が何枚か落ちてきた。私はそれを拾い上げる。


「これは?」


《えっと……お守り、です……。この辺り、『出る』って言われてるんで……》


 最後に、サリューはとんでもない爆弾を落とした。

 サリューの葉には魔除けの効果がある。ということはつまり……?


「ひえぇー!?」


 私は悲鳴を上げて、その場から一目散に逃げ出したのだった───。

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