第11話 真っ赤に染めよう『エピタルの実』

 ユグがここへ来てから一夜が明け、朝が来た。昨日の騒動が嘘のように平和だ。


「ねぇ、フタバちゃん。今日は、この魔法植物を調査に行ってほしいのだけど……。いいかしら?」


 朝食の席で、ナチュラさんは一枚の紙を差し出してきた。


「『エピタルの木』ですか……。いいですよ!任せてください!」


 私は快く引き受ける。


「ありがとう!助かるわ……!」


 ナチュラさんは嬉しそうに笑った。

 すると、私の隣でトーストにかじりついていたユグが、不思議そうな顔をして尋ねてきた。


「お姉ちゃん、どこかに行くの……?」


 私はユグに説明する。


「実はね、この木が病気になってるかもしれないみたいなの!それで、今から様子を見に行こうと思って……」


「そうなの!?」


 ユグは驚いたような声を出す。そこへ、ナチュラさんが話に加わった。


「そうなのよ……。でも、このお姉ちゃんがいれば大丈夫よ!きっと、すぐに治してくれるわ!」


 すると、ユグは目を輝かせた。


「ほんと!?」


「本当よ!このお姉ちゃんは、植物のお医者さんなんだから!」


 ナチュラさんが自慢げに言う。


(そんなに言われると、ちょっと恥ずかしいな……)


 私は少し照れてしまう。でも、認められて嬉しい気持ちもあった。


「……わたしも、いっしょに行きたい」


 そんなことを思っているうちに、ユグはとんでもない発言をした。


「えぇ!?」


 私は思わず声を上げる。


(いやいや!無理でしょ!)


 そう思いながら、ナチュラさんの方を見る。


「う~ん……。まぁ、『エピタルの木』がある場所はそんなに危険じゃないし、連れていってもいいんじゃないかしら?」


 ナチュラさんはあっさり許可を出した。


「やったぁ!お出かけだ!」


 ユグは大喜びだ。


「あはは……。じゃあ、行こっか……」


 こうして、私はユグを連れて調査へ向かうことになったのだった。



◆◆◆



 目的の場所へ向かう道すがら、私は図鑑を開いてユグに見せていた。


 ユグが、「どんな木なの?」と聞いてきたので、簡単に説明してあげたのだ。


「これが、『エピタルの木』だよ!」


 私はページの一部を指差して言った。そこには、真っ赤な実をつけた木が載っている。


『エピタルの木』は、リンゴの木とそっくりの見た目をしている。元の世界には「リンゴは医者いらず」なんて言葉があるが、エピタルの実も同様に、栄養がたくさん詰まっていると言われている。


「食べられるの?おいしい?」


 ユグは興味津々といった様子で質問してくる。


「うん。美味しいみたいだよ!」


 私は笑顔で答える。


「食べてみたいなぁ……。お姉ちゃん!早くいこうよ!」


 ユグは目をキラキラさせながら言った。私の服のすそを引っ張りながら催促さいそくしている。


「あはは……。わかったよ……」


(この調子だと、調査より収穫がメインになりそうだな……)


 私はそんなことを考えつつ、ユグと一緒に目的地へと足を進めた。



◆◆◆



 しばらく歩くと、開けた場所に出た。そこには、たくさんのエピタルの木が生えていた。

 どれも立派な幹をしており、とても健康そうに見える。つややかな赤い実が、葉の陰にチラリと見えた。


「わぁ!いっぱいあるね!」


 ユグは興奮気味に話しかけてくる。


「うん!そうだね……」


 私はそう言いながら、周囲を見渡す。


(おかしいな……。異常があるって話だったけど……?)


 私には、特に変わったところがないように思える。


(まぁ、問題がないならそれに越したことは無いんだけどね……)


 そう思いながら、ユグに視線を戻そうとした時だった。


「……ねぇ、お姉ちゃん。あの木だけ、大きいよ?どうして……?」


 ユグがそう言って、一本のエピタルの木を指し示した。


「えっ?どれのこと……?」


 私は慌てて彼女の指の先にある木を確認する。

 そこには、ひときわ大きなエピタルの木があった。他のものと比べても、一回りほど大きい。


「行ってみよう……!」


「うん……!」


 私たちはその木に近づき、様子を見ることにしてみた。



「おっきいねー!」


「うん!そうだね……!」


 近くで見ると、さらに大きく見える。これだけ大きければ、なっている実も相当大きいだろう。

 そう思って、枝の先についているであろう実を探してみる。そこには、予想通り大きな実がなっていた。だが──


「赤くない……?」


 私の口からポロッと言葉がこぼれ落ちた。


「……うん。なんで……?」


 ユグも首を傾げる。

 よく見てみれば、周りのエピタルの木はすべて赤い実をつけているというのに、この木だけは緑色のままだったのだ。


「これは、いったいどういうことなんだろう……?」


 私は頭を悩ませる。

 すると、ユグは木に話し掛け始めた。


「ねぇ!なんで、赤くないの?」


《…………》


 だが、返事はない。

 そこで、私も試してみることにした。


「あの……!何かあったんですか……?」


──《……ほっとけよ》


「えぇ……?」


 今度は反応があった。しかし、その言葉は素っ気ないものだった。


「あの……どうして、あなたの実だけが緑のままなんですか?」


 私は勇気を出して、もう一度尋ねてみる。


《……知らねぇよ、そんなもん……俺の方が知りたいくらいだ》


「そ、そうなんですか……?」


 予想外の答えに困惑する。


(う~ん……。どうしよう……)


 図鑑に何かヒントはないかと思い、パラパラとめくってみるが、何も書いていない。


《俺はどうせ、実も熟せない落ちこぼれだ……》


 エピタルは、自嘲じちょうするように呟いた。


(もしかして、病気じゃなくて、性格に原因があったんじゃ……)


 私はそんなことを考えた。すると、ユグが口を開いた。


「でも、お兄ちゃんは、みんなよりもおっきくて、つよいんでしょ!?だったら、だいじょうぶだよ!げんき出して!」


《……なっ!?何だよ、お前……!》


 エピタルは戸惑ったように言う。その枝葉は、心做こころなしか震えているように見えた。


「だって、お兄ちゃんはかっこいいもん!」


 ユグは、無邪気に微笑む。


《……ふ、ふん!そうかよ!》


 エピタルは照れたように言う。

 その時、緑色だった実がほんのりと赤みを帯びたのを、私は見逃さなかった。


(もしかして、この木って……!)


 私は一つの可能性を思いつく。


「私も、あなたは素敵だと思いますよ!」


《……!ば、バカ!何言ってんだ!そんなわけねーだろ!》


 エピタルは動揺したように言う。その実は、さらに赤く染まっていく。


(やっぱり、そうだ!)


 私は確信を得る。


(エピタルの実は、褒められたり、照れたりすると赤くなるんだ……!)


 この木は周りから離れていたから、そんな機会がなかったのだろう。そうとわかれば……?

 私はユグと顔を見合わせると、エピタルを褒め倒した。

 エピタルは、《や、やめっ……》なんてうめいていたけど、気にせず続ける。


 そして最後に、二人で声を合わせて言った。


「「お兄ちゃん、大好き(です)!!」」


 すると──


《……~~~っ!》


 エピタルは、声にならない叫びを上げたのだった。

 エピタルの実は、私たちの言葉を受けて、真っ赤に染まっていた。それはもう見事な赤色だ。


「わぁ~!すごい!」


 ユグは嬉しそうに声を上げる。


「あの……。悪いんですけど、実をいくつかもらっても良いですか……?」


 私は遠慮がちに尋ねる。

 すると、少し落ち着きを取り戻したエピタルは、ため息混じりに言った。


《うぐぐ……はぁ。……まったく、お前らは……。仕方ねえな、ほらよ》


 その言葉の後、エピタルは枝を軽く揺らす。すると、木に生った実がいくつか枝から離れてきた。そして、そのまま私の手の中に収まった。


「ありがとうございます!」


「お兄ちゃん、ありがとう!」


《……おう》


 私たちがお礼を言うと、エピタルはぶっきらぼうに返した。

 真っ赤に熟したエピタルの実は、手のひらにのせるとずしっと重く感じたが、それが逆に心地よかった。


「お姉ちゃん!早く帰ろう!」


「あはは……。待ってよ、ユグ!」


 かすユグに笑って返すと、急いで帰路についたのだった───。

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