第10話 謎の少女ユグとの出会い

「はぁ、焦ったわ……」


「私もですよ……」


 ナチュラさんの研究所にて。私たちはホッと胸を撫で下ろしていた。

 ……それはなぜか?理由は、ここに戻ってからいろいろあったからだ。

 時は少しさかのぼる───



◇◇◇



「ふぅ……やっと着いたわ!」


「ここまで来れば、安心ですね!」


 私たちは森を抜け、研究所へ戻ってきた。


「そういえば、この子をどうしましょう……?」


 私は背中の少女を見ながら言った。


「うーん……。とりあえず、ソファーに寝かせてあげた方がいいんじゃないかしら?」


 ナチュラさんが提案してくれる。


「そうですね……。そうしておきます」


 私が、少女をソファーにゆっくりと下ろし、毛布を掛けてあげようとした時だ。


──「……うぅ」


 少女が小さくうめいたかと思えば、辛そうな表情を浮かべたのだ。


「えっ……!大丈夫!?」


 私は心配になり、思わず声をかける。しかし、返事はない。


「ナチュラさん!この子が……!」


 慌ててナチュラさんを呼ぶと、彼女はすぐに駆けつけてくれた。


「どうしたの……!?」


「それが……急に辛そうにし始めて……。私、どうしたらいいのか……!」


 私は混乱して、上手く言葉を発することができなかった。


「落ち着いて!フタバちゃん!……大丈夫よ。きっと疲れてるだけ……」


 ナチュラさんがそこまで言いかけた時だ。



──ぐうぅ~きゅるるるぅ~……



 不意に、そんな音が聞こえてきた。


「え……?」


 音のした方を見ると、先ほどまで眠っていたはずの少女が起き上がっていた。


──「おなか、すいた……」


 少女がぼそりと言う。


(もしかして、空腹で辛そうだったの……?)


 私は唖然あぜんとしてしまう。ナチュラさんも同様だった。


「……フタバちゃん」


「はい……」


「この子に、何か食べるものを作ってあげましょうか……」


「そう、ですね……」


 そんなこんなで、私たちは料理に取り掛かったのだった。



◇◇◇



 そして、時は現在。私たちは一連の騒ぎに疲れ果て、ぐったりしていた。


「まさか、空腹で倒れていたなんて……」


「ほんとよ……心配して損したわ……」


 ナチュラさんが力なく呟く。


 騒ぎの発端となった少女は、私たちの目の前でパンケーキを頬張っている。メープラの樹液のかかったを、目をキラキラさせて頬張る姿を見ていると、騒ぎのことなど忘れてしまいそうだ。


「……美味しい?」


 私が尋ねると、少女は「うん!」と笑顔で答えてくれた。


(くぅ……可愛い……!)


 私は思わず抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死になる。


 私には、この少女と同じくらいの年齢のめいっ子がいたのだ。たまにしか会えないこともあって、私はいつも彼女にデレデレになっていた。


(……なんか、懐かしいな)


 私は元の世界のことを思い出しながら、幸せそうな彼女の様子を見つめる。

 すると、少女は私の視線に気づいたのか、食べる手を止めてこちらを向いた。


「……お姉ちゃんたちは、だれ……?」


「あぁ!そうだったね……。私はフタバっていうの!よろしくね!」


 私は自己紹介をする。


「私はナチュラよ!よろしくね!」


 ナチュラさんも続いて自己紹介をした。


「あなたのお名前は、何ていうのかな……?」


 私は優しく問いかけた。


「わたしは、ユグだよ!よろしくねっ!」


 元気いっぱいに答える彼女を見て、心が癒されていく。


(あぁ……。もう、可愛すぎるよぉ……!)


 私は内心もだえながらも、「よろしくね」と言いつつ頭を撫でる。ユグは気持ち良さそうに、されるがままになっている。


「ところで、ユグちゃんはどうしてあんなところにいたの……?」


 ナチュラさんが尋ねる。


「……?わかんない……」


 ユグは首を傾げる。


「えっと……?じゃあ、お父さんやお母さんはどこに行ったの……?」


 今度は私が質問する。


「わかんない……」


 またもや、ユグは首を傾げた。


 それからいろいろ尋ねたが、ユグが知っていることは、自分の名前だけだった。

 どうやら記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているらしい。


 ナチュラさんによれば、『何か強い衝撃を受けたのではないか』、『それならそのうち思い出すかもしれない』ということなので、しばらくここで様子を見ることになった。



◆◆◆



 迷子になっていたのだから不安がるかと思いきや、全くその心配は無さそうだった。ユグはすっかりここの居心地が気に入ったらしく、研究所の中を探検したり遊んだりと、楽しそうにしている。


「ねぇねぇ!これなぁに……?」


 ユグが手に持っているものを見せてくる。それは、この前使ったドリルだった。


「わあぁ!それは危ないから、私に貸してみて……?」


「はーい!」


 素直に手渡してくれたので、私はほっと息をつく。

 好奇心旺盛おうせいなユグは、いろいろなものを触ろうとするので、私はハラハラしっぱなしだった。

 それでも、彼女はとっても愛くるしくて、私はついつい甘やかしてしまうのだった。



(さてと、ユグはどこに行ったかな……?)


 あの後、またもや探検に行ってしまった彼女を捜すべく、私は研究所の中を探し回っていた。


「中庭かな……」


 私は、そうつぶやきながら外へ出る。中庭には、ツル植物のルーチェがいたはずだ。大きくなりすぎて、家の中にいるのは窮屈そうだったので、ナチュラさんが移していたのだ。


 陰からのぞいてみると、中庭にはルーチェと楽しそうに遊ぶユグの姿があった。

 それだけなら微笑ましい光景なのだが、私はあることに気づく。


──「きゃははっ!すごーい!!」


《えへへ、すごいでしょ?》


「うん!もっと高く上げて!」


《わかった!それっ!》


 ……ユグとルーチェは言葉が通じ合っているように見えたのだ。


(一体どういうことだろう……?ユグも『植物対話プランツ・ダイアログ』のスキルを持っているとか……?)


 私の中で、疑問が膨らんでいく。


「あっ!お姉ちゃんだ!」


 考え込んでいると、突然ユグがこちらを向いた。地面へ降りて、私のもとへ駆け寄ってくる。


「ユグ……探しちゃったよ……」


 私は動揺を隠しきれず、ぎこちない口調で話す。


「ごめんなさい……」


 しゅんとするユグを見て、私は慌てる。


「ううん!全然大丈夫!それより、何して遊んでたの?」


 私が話題を変えるように言うと、ユグの顔が再びパッと明るくなった。


と遊んでたの!」


 その言葉を聞いて、私は確信した。ユグも、ルーチェ──つまり植物の言葉がわかるのだと。

 ユグには、まだルーチェを紹介していなかった。それなのに、彼女は『ルーチェ』という名前を知っていたのだ。


(もしかして、ユグってすごい子なのかな……?)


 私はそんなことを考えていたのだが、その思考は中断された。


「お姉ちゃんもいっしょにあそぼ!」


 ユグが私の手を引っ張ったからだ。


「う、うん!そうだね!」


 私は戸惑いつつも、その誘いに乗ることにした。

 そして、私たちは日が暮れるまで遊び続けたのだった───。

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