第8話 全てがクールな『ミチェリの木』

「……あの、扱いが難しい『ゼレールの木』とまで仲良くなっちゃうなんて……流石はフタバちゃんだわ!」


 ナチュラさんは、感心しながら私に話しかけた。


「いえいえ、大したことはしてませんから……」


 私は苦笑しながら答える。


「そんなに謙遜けんそんしなくても大丈夫!フタバちゃんは、魔法植物の救世主よ!これからは、『魔法植物研究医』って呼ぼうかしら?」


 ナチュラさんは楽しそうに私に告げる。


「そ、それは恥ずかしいです……」


 私は赤面しながらうつむいた。


(でも、魔法植物の研究をするお医者さんかぁ……)


 私は少しだけワクワクしていた。もともと植物医師を目指していたこともあり、魔法植物を研究する医師というのは、なんだかかっこいいと思ったのだ。


「ところで……ナチュラさんの方はどうですか?何か、わかったこととか……」


 恥ずかしさから、話題を切り替えるように私は尋ねた。すると、ナチュラさんはパッと顔を輝かせた。


「あっ!そうそう!それがね、凄いことがわかったの!」


「……凄いこと?」


 私は首を傾げる。ナチュラさんは興奮気味に話し出した。


「えぇ!実はね、フタバちゃんが持っていた栄養剤なんだけど……。やっぱり、この世界には無い成分が含まれていたのよ!」


「えっ!?」


 私は驚いてしまった。まさか、私の持ってきたものが、この世界の魔法植物たちの役に立つかもしれないとは思っていなかったからだ。


「それでね!この世界にある薬草からも抽出できないか、調べているところなんだけど……。まだ時間がかかると思うのよね……」


 ナチュラさんは申し訳なさそうに言った。


「……そうなんですか」


 私は残念に思いながらも、仕方がないと納得することにした。


「でも、安心して!絶対見つけてみせるから!」


 彼女は力強く宣言する。


「……はいっ!お願いします!」


 私は笑顔で答えた。



◆◆◆



 それから、私は再び調査に向かった。

 ナチュラさんも頑張っているんだし、私だって頑張らないと!


「今日、調査するのは『ミチェリの木』か……」


 私は図鑑に書かれていた内容を思い出す。


 ミチェリの木は、桜の木によく似た見た目をしている。

 桜といえばピンク色だが、ミチェリの花びらは綺麗な空色をしているのだ。その理由は、おそらく氷の魔力を持っているからだろう。


 ちなみに、私は元の世界でも桜の季節になると毎年お花見に行くくらい、桜が好きだ。

 そんなこともあって、私はミチェリの木が気になっていた。


「それにしても、寒いな……」


 こちらの世界には季節という概念が無いため、気候の変化はあまりないと聞いていたのだが、それでもやはり寒暖差はあるのだろうか?

 私は身震いしそうになる身体を手で押さえながら、先へと進む。

 しばらく歩くと、目の前に大きな木が現れた。


(これが……『ミチェリの木』かな……?)


 私は恐る恐る近づき、声を潜めて呼びかけた。


「こんにちは……」


《……誰だ》


 すると、返事があった。私は慌てて自己紹介を始める。


「私はフタバって言います。あなたは『ミチェリの木』で合っていますか……?」


《……あぁ。ミチェリでいい》


 どうやら合っていたようだ。ミチェリは、その可愛らしい名前からは想像もつかないような、クールな口調で答えてくれた。

 改めて見ると、とても美しい木だ。枝にはたくさんの花が咲いており、その隙間からは青い光が漏れ出している。


(うぅ……寒い……。冷気を出すって書いてあったけど……こんなに冷たいものなのかな?)


 私は少し不思議に思って、問いかけようと口を開いた。しかし──


《…………ぐっ》


 ミチェリは急に苦しそうな声を漏らすと、さらに冷気を強めてきた。


「……っ!?どうしたの!?」


 私は慌てて駆け寄る。すると、ミチェリは震えるような声で呟いた。


《……すまない。お前に迷惑をかけるつもりはなかったんだが……》


「……っ!?……どういうこと?」


 私は戸惑ってしまう。すると、ミチェリは説明してくれた。


《俺が持っている氷の魔力のせいで、周りに影響を与えてしまうんだ……。特に人間は凍死しかねない……。だから、普段は抑えているんだが……。最近は、力が上手くコントロールできなくてな……。》


「そうだったんですか……」


 悲しげに枝を揺らしているミチェリを見て、私はなんとも言えない気持ちになってしまう。


(どうして、こんなことになったんだろう……?何か病気にかかってしまったのかな? )


 私は考えを巡らせる。


《……ゲホッ、ゴホッ……》


 き込むような音が聞こえてくる。私はハッとして、ミチェリの方を見た。枝の隙間から冷たい空気が流れ出ているのが見える。

 なんだか、人間が風邪をひいた時のような反応だ。


(ちょっと待って!これ、もしかして細菌か何かにおかされてるんじゃ……!)


 私はある可能性に気づくと、ミチェリに近づいて、枝に目をらした。

 そこには、灰白色のまくのようなものが形成されていた。


「……っ!これ、『膏薬病こうやくびょう』だ……!」


 私は確信を持って言う。


『膏薬病』は、その名の通り枝や幹に膏薬(り薬)を塗ったような膜ができる、木の病気だ。病原菌はカビの一種だと考えられている。


 そうだとわかれば話は早い。私はリュックからブラシを取り出す。道具の一式は、ナチュラさんから返してもらっていたのだ。


「あの……!私に、あなたの治療をさせてくれないでしょうか……!」


《……はっ!?》


 私が申し出ると、ミチェリは驚いたように聞き返した。


《そんなこと、可能なのか……?》


「もちろんです!任せてください!」


 私は自信満々に言う。


《……なら、頼む》


「はい!」


 こうして、私は『ミチェリの木』の治療を開始したのだった。



 私は早速、作業に取り掛かる。まずは、ブラシで枝に付いた膜──病原菌をこすり落とした。


《……っ!?》


「ごめんなさい!痛かったですか……?」


《い、いや……。大丈夫だ》


「良かった……」


 私は安堵あんどする。そして、今度は薬剤を塗り込む。ミチェリの枝は、ひんやりとしていて、長く触れていると手が冷えてしまいそうだった。でも、我慢して作業をする。


《……フタバ、無理はしなくていいぞ?手、真っ赤じゃないか》


「大丈夫ですよ!これも仕事のうちなので」


 心配そうに話しかけるミチェリに、私は笑いかける。


《そ、そうか……。すまない……》


「いえいえ!気にしないでください」


(本当はすごく寒いけど……。でも、今は仕事に集中しないと!)


 私はミチェリに話しかけながら、丁寧に処置をほどこしていく。

 すると、みるみるうちに枝は元の状態に戻っていった。


「これでよしっと!」


 私は満足げにつぶやく。


《……ありがとう。本当に助かった》


 ミチェリは感謝の言葉を述べた。


「いえ、そんな!お礼なんていいんですよ」


《そういうわけにもいかない。何か、お返しさせてくれ》


 食い下がるミチェリに、私は困ってしまう。

 別に見返りが欲しくてやったわけではないからだ。

 しばらく考えた結果、私は思いついたことを口に出す。


「えっと……。それなら、『桜吹雪』が見てみたいなぁ……なんて……」


《サクラフブキ?なんだそれは?》


「あ、えーと……。簡単に言えば、花びらがたくさん舞っている光景のことです」


《そんなもので良いのか?》


「はい!」


 私は笑顔で言う。

 実は私、小さい頃は桜の木の下でお昼寝するのが大好きだったのだ。頭上を花びらが舞う光景は、今でも私の目に焼きついている。

 ……その頃から、桜が好きだったのかもしれない。


《……わかった。フタバの頼みだ。やってみよう》


「本当ですか!嬉しいです!」


 私は大喜びする。


《じゃあ、始めるから、少し離れていろ》


「はい!わかりました」


 私は言われた通りに、ミチェリから離れる。

 すると、ミチェリは枝の隙間から冷たい空気を出し始めた。すると、その風に乗って、大量の花びらが宙を舞う。


「わぁ〜!」


 私は感嘆の声を上げる。

 舞い散る花びらは、その色も相まって、まるで雪のようで美しかった。


 私はしばらくの間、その幻想的な景色に見惚みとれていたのだった───。

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