第6話 爽やかな香りの『ナギンの木』
翌日。朝食の席で、私はナチュラさんに話しかけた。
「あの……ナチュラさん。お願いがあるのですが……。魔法植物の実物が見られる場所とかありませんか?」
「あら、急にどうしたの?」
ナチュラさんは驚いたような表情で尋ねてくる。
「実は……。昨日、図鑑を見て、ますます調査が楽しみになっちゃったんです!それで、どうしても本物を見たくなって……」
私は正直に話すことにした。すると、ナチュラさんはとても納得した様子だ。
「なるほどね。そういうことなら、ちょうどいいところがあるわよ」
「えっ、どこですか!?」
私は身を乗り出して尋ねる。ナチュラさんは「ちょっと待っててね」と言うと、どこかへ向かった。
数分後、彼女は戻ってくると、私に一枚の紙を差し出した。
「これ、私が今研究してる魔法植物なの。ここから少し離れた森に生えてるから、行ってみるといいわ」
「あっ、ありがとうございます!」
私はお礼を言うと、その植物の名前を見る。
それは『ナギンの木』という植物らしい。
「私も一緒に行ってあげたいのだけど、別の調査があるのよ……。だから……こうするわ」
ナチュラさんはそう言うと、何やら呪文のようなものを唱えた。すると、私の身体を淡い光が包み込んだ。
「わっ!?な、何をしたんですか!?」
私は驚いて声を上げる。
「安心して。守護魔法をかけただけよ。これで、危険な目には
「はいっ!わかりました!」
私は元気よく返事をする。ナチュラさんはニッコリと笑うと、私の頭を撫でてくれた。
「ふふっ……。それじゃあ、頑張ってきてね」
「はい!……行ってきます!」
私はナチュラさんに見送られて、研究所を後にしたのだった。
◆◆◆
ナチュラさんからもらった地図を頼りに進むと、広そうな森が見えてきた。
「ここが『ナギンの木』の生えている森か……」
私はワクワクしながら森の中へ入っていく。
図鑑で見た『ナギンの木』の見た目は、イチョウの木のようだった。ただ、いくつか違う点があって……。
何よりも違っているのは、その香りだ。イチョウといえば独特の香りがするもので、苦手な人も多いかもしれない。
だが、ナギンの木からは爽やかな香りがするらしいのだ。その香りは気分を落ち着かせる効果があり、その実は精神安定剤代わりに使われているようだ。
「さて、どこにあるのかな……?」
私は辺りを見回す。
香りが特徴的なら、すぐに見つかると思うんだけど……。そう思いながら探すと、案外簡単に見つかった。
「これ……だよ……ね……?」
そこに立っていたのは、図鑑で見た『ナギンの木』とそっくりな木だった。……しかし、違和感があった。
(なんか……思ってた香りと違うような……)
私は首を傾げる。なぜなら、その香りは爽やかとは程遠く、むしろ不快感を感じてしまうような匂いが漂っていたからだ。
「これは、絶対に何かあったよね……」
私は不安になりながらも、勇気を出して近づいていく。すると、ボソボソと
──《ダメだ……僕はダメな奴なんだ……》
「えっ……!?」
私は慌てて辺りを見回した。だが、周りに人の姿は見つからない。……もしかして、この木から聞こえているの……?
私はそっと幹に触れてみる。すると、そこから伝わってきたのは、悲しみのような感情だった。
《……どうして、こんなに力が出せないんだろう……。いつもなら、良い香りが出せるのに……。やっぱり僕はダメなのかな……》
ナギンの木は、まるで泣いているかのように葉や実を落としている。落ちたとたんに、それらは黒く変色していった。
「ど、どういうこと……?」
私は戸惑いながらも、必死に考えを巡らせる。
この感じだと、おそらくこの木は魔力に不具合を起こしているか、何らかの病気にかかってしまったかのいずれかだろう。……でも、一体なぜ……?
私は原因を探るために、さらに詳しく調べることにした。
(とりあえず、葉っぱを調べてみよう!)
イチョウの木の病気といえば、葉が変色してしまうものが有名だ。私はそう考えて、近くの枝に手を伸ばした。
「やっぱり……。思った通りだ……」
予想は的中していた。そこにあったのは、黒いすす状の
「確か……すす
私は記憶を呼び覚まし、確認してみた。
『すす斑病』──その名の通り、葉の表面に黒いすす状の斑点ができてしまい、やがては枯れてしまうという恐ろしい症状を引き起こすことがある。
「ナギンの木が、これに
私は腕組みをして考える。すると、あることを思い出した。
(そういえば……。栄養剤を与えれば、治るって聞いたことがあったかも……!)
私はハッとすると、慌ててリュックから瓶を取り出した。
これは、植物の病気に効くと言われている栄養剤だ。こちらの世界に来た日に、ちょうどその実習があって、リュックに入っていたのだ。
(……一応、許可をもらった方が良いよね。……よし!)
私は意を決して、ナギンの木に語りかける。
「……ねぇ、聞こえる?」
私が問いかけると、一瞬の沈黙の後、再び
《……誰……?》
弱々しい声で尋ねてくる。
「私はフタバ。あなたを助けにきたの」
私はそう言って、ナギンの木をじっと見つめる。
「辛かったでしょう……?大丈夫よ……。私が助けるから……」
私は優しく言い聞かせるように言った。
すると、ナギンの木は
《……本当に……僕を助けてくれるの……?》
「ええ、もちろんよ」
私は力強く答える。すると、ナギンの木は
《……良かった……。君みたいな人が来てくれて……。お願い……。どうか……僕を助けて……!》
ナギンの木は
そして、ナギンの木の根元に栄養剤を注いだ。
「大丈夫、きっと良くなるわ。私を信じて……」
私はナギンの木を励ますように、何度も声をかける。すると、少しずつではあるが、元気を取り戻していくのがわかった。
しばらくすると、完全に回復したようで、先ほどまでの様子が嘘のように、葉は鮮やかな黄色になっていた。
「よし!これでもう安心だね!」
私は嬉しくなって、思わずガッツポーズをした。
《ありがとう!ありがとう、フタバ!……あぁ、魔力がみなぎってくる!》
ナギンの木は、心底喜んでいるようだった。嬉しそうに枝葉を揺らす姿を見て、これが本来の姿なのだろうと感じる。
「どういたしまして。でも、無理はしちゃダメだよ?」
私はそう声をかける。そして、しばらく会話を楽しんだ。
◆◆◆
「ナギンは、いつから元気がなかったの?」
《う~ん……少し前かな。前はこんなこと、なかったんだけど……》
「そっか……」
私たちはいろいろな話をした。
《僕のことは『ナギン』でいいよ!》とのことだったので、そう呼ぶことになった。
《まぁ……元気になったんだし、僕の香りを楽しんでよ!》
そう言って、ナギンは爽やかな香りを
「うん!すごくいい香りだよ!」
《ふふっ……。それは嬉しいな!》
ナギンはとても上機嫌だ。香りだけでなく、性格も『爽やかな好青年』といった感じである。
そんなふうに話を続けていたが、辺りが暗くなってきてしまったので、帰ることにした。
《もう、帰ってしまうのかい……?》
ナギンは寂しげに言う。
「ごめんね……。仕事があるから……」
申し訳なく思いながら答えたが、ナギンは納得してくれたようだ。
《仕方ないね……。また、遊びに来てくれると嬉しいな》
「うん、もちろん!」
私は笑顔で返すと、家路についたのだった───。
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