第4話 魔力の暴走と終息

 目を覚ますと、そこはベッドの上だった。隣には、心配そうに私を見つめるナチュラさんの姿が見える。

 彼女はゆっくりと起き上がった私を見て、「良かった……!」と安堵あんどしているようだった。


「……あれ……私……」


「急に倒れたからびっくりしたわ……。もしかして、体調が悪かったの?」


「いえ、そういうわけではないんですけど……。ただ、魔法について聞いたり、ルーチェが魔法植物だって聞かされたりして……」


「ああ……。ごめんなさいね……。私のせいで混乱させちゃったみたいで……」


 ナチュラさんは申し訳なさそうに謝っている。


「いえいえ!気にしないでください!……でも、ナチュラさんってすごい人なんだなって思いました!」


 私は笑顔で言う。すると、ナチュラさんは照れくさそうに頬を掻いていた。


「そうかしら……。でも、私にとっては当たり前のことで、あまり自覚はないのよね……。まぁ、褒められるのは悪い気分じゃないんだけどね」


 ナチュラさんは嬉しそうに笑みを浮かべている。

 私もつられて微笑んでいた。


「……ところで、フタバちゃんはこれからどうするつもりなのかしら?」


 ふと、ナチュラさんは真剣な顔になって尋ねてくる。

 私は自分の気持ちを正直に伝えた。


「そうですね……。とりあえずは、元の世界に帰る方法を探したいと思います。……でも、私にはこの世界の知識が全くないですから……」


「……まぁ、それはそうよね」


「なので、ナチュラさんのお手伝いをしながら、この世界のことについて教えてもらえたらと思っています!」


「なるほどね。……わかったわ。じゃあ、しばらくはここにいるといいわ」


「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 私は元気良く返事をする。

 すると、ナチュラさんは満足そうに微笑んでくれたのだった。



◆◆◆



 次の日から、私はナチュラさんの仕事を手伝わせてもらうことになった。


 彼女の仕事は、主に魔法植物の研究だ。このヴェルデ国には、数えきれないほど多くの植物が存在している。それらの種類ごとに特性を分析したり、品種改良を行ったりするのが主な内容になる。


 ナチュラさんの固有魔法─『植物進化プランツ・エボルブ』は植物に魔力を宿したり、品種改良を行うことができるというものだ。


「実際に、見せてあげるわね」


 そう言うと、ナチュラさんは近くにあった花に手をかざして、呪文のようなものを唱えた。すると、その花はみるみると大きくなっていき、やがて大きな花を咲かせた。


「凄い……!」


 私は思わず感嘆の声を上げてしまう。


「ふふっ、この魔法はね、元々あったものをより強く成長させることができるのよ」


「そうなんですか!?」


「ええ。これは原生植物にも使うことができるわ」


 彼女の話を聞いて、私は驚いてしまった。

 ナチュラさんは、やっぱり凄い人だ。でも、だからこそ自分にできることなんてあるのだろうかと不安にもなった。

 私にできることといえば、植物と会話ができるということくらいしかない。


「ふふっ、そんなに落ち込まないでちょうだい。フタバちゃんにしかできないことが、きっとあるはずだから」


 ナチュラさんは優しく励ましてくれる。


「私に……しか?」


「ええ、そうよ。誰にだって得意なことや苦手なことがあるでしょう?私だって、植物に関する魔法以外は苦手だから」


「……そうですよね。私にできることもあるはず……!」


 私は拳を握り締める。

 私にはまだ知らないことがたくさんありそうだ。もっと色々なことを知りたいし、試したいとも思う。

 そして、私にしかない何かを見つけ出せばいい。


「私、頑張りますね!」


 私は満面の笑みで宣言する。


「ええ、期待しているわね」


 ナチュラさんは頼もしそうに私を見つめていた。



 ──と、ここで急に、家の窓がガタガタと音をたて始めた。何だろうと思っているうちにも、音はどんどん激しくなっていくばかりだ。どうやら風が強いらしい。


「あらら、どうしたのかしら……」


 ナチュラさんは呟くと、立ち上がって窓の方へと向かっていった。

 私もその後を追うように歩いていく。


「この風、『アルケーの森』の方から吹いているみたいね」


「あ、昨日の森……」


「何かあったのかしら?私は見に行くけど、フタバちゃんはどうする?」


 ナチュラさんは心配そうにしている。……確かに、この風の勢いだと、木々が倒れてしまったり、大きな災害が起こっていてもおかしくはない。


「……行きましょう!私も気になりますし……!」


「そうね。じゃあ、一緒に行ってみましょうか」


 私たちは急いで支度をして、外へ出ることにした。



◆◆◆



 外に出ると、強風が吹き荒れていて、まともに歩くことすら困難だった。なんとか踏ん張って耐えながらも、私達二人は森に向かって進んでいく。

 しばらく進むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「なっ……何これ……!」


 目の前に広がるのは、まるで竜巻のような激しい嵐だった。草木が激しく揺れ動き、暴風が吹き荒れている。


「こんなことが起こるなんて……。今までに一度もなかったのに……」


 ナチュラさんは驚いている様子だった。

 私は唖然あぜんとしながら、その様子を眺めていたが、ふとビネのことを思い出した。


(そうだ、ビネは!?)


 この嵐の中だ。木であるビネはひとたまりもないだろう。私は慌てて、初めて出会った場所へと向かうことにした。


「ナチュラさん、すみません!ちょっとだけ待っていてください!」


「えっ……!?ちょっと……!」


 後ろで叫ぶナチュラさんの声を背にして、私は走り出した。


 あの場所に辿り着くまでにも、何度も風に煽られそうになる。それどころか、風はまるでそこから吹いているようにさえ思えた。


──《……と……めて……》


「えっ……?」


 どこからともなく声が聞こえてきたような気がした。私は慌てて辺りを見渡すが、誰もいないようだ。


──《……た……けて……!》


「……やっぱり、聞こえる!」


 今度ははっきりと声が聞こえた。……この声の主は、ビネだ。


「……今行くよ!」


 私は叫び返すと、さらにスピードを上げて走っていく。



◆◆◆



 ようやく辿り着いたその場所には、予想通りビネの姿があった。しかし、その姿はいつもとは違っていた。


「ビネ……?」


 私の目に映ったのは、風を巻き起こす、ビネの木の姿だった。折れかけた枝の付け根が脈打つように光り、そこから突風が吹き出しているように見える。


《フタバ、さん……?》


 不意に、ビネは私のことを認識したようで、弱々しい声で話しかけてくる。だが、ハッとしたように慌て始めた。


《ど、どうしてここに……!?今は危ないです!巻き込まれてしまいます……!……っ、痛い……!》


「ビネ……!?大丈夫!?」


 私は必死に呼びかけるが、ビネは苦しそうにうめくばかりだ。


「……フタバちゃん!?」


 ふと振り返ると、ナチュラさんが息を切らしながらも、こちらへ向かってきてくれていた。


「ナチュラさん!大変です!ビネが……!」


「何てこと……!これはおそらく、魔力が暴走してしまってるんだと思う。このまま放っておけば、いずれは魔力が尽きて枯れてしまうわ……」


 ナチュラさんは深刻な表情で言う。


「そんな……!」


 私は言葉を失った。

 せっかく仲良くなれたのに……。そんなのは嫌だ……!どうしたら、ビネを救える……?考えろ、私……!


「折れかけた枝を治すには……」


 私はこれまで学んできたこと、お父さんから教わったことを全て思い返した。そして、一つの答えにたどり着く。


「そうだ!これを使って、こうすれば……!」


 私は、背負っていたリュックから園芸用テープを取り出す。それから、折れかけている部分に巻き付けるように貼っていき、応急処置を施した。

 風にあおられながらも、なんとか固定することができたようだ。


「よし……!」


 私はホッとして胸を撫で下ろす。


「ビネ、大丈夫だからね……!」


 折れた枝が治るように、優しく撫で、声をかける。

 すると、風は少しずつ収まっていった。どうやら、傷口の修復によって、魔力の放出が止まったらしい。


「……ふぅ」



 私は一安心して、その場に座り込んだのだった───。

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