第3話 この世界について

 ナチュラさんの家に泊まり、一夜が明けた。まだ寝ている私を、何かが揺すってくる感覚があった。どうやら起こそうとしているらしい。

 私はゆっくりと目を開けた。目の前には、昨日見た綺麗な緑色のツタが見える。

 どうやらこの子が起こしてくれていたようだ。


《……お姉ちゃん、朝だよ》


「……おはよう。起こしてくれたの?」


《……うん》


「そっか。ありがとう!」


《……どういたしまして》


 その子は嬉しそうに揺れた。……可愛い!


「ねぇ、あなたの名前は?」


《……ボクの名前?》


「うん!私はフタバっていうの。あなたのことを教えてほしいな」


《……う~ん》


 困らせちゃったかな?そう思って様子を見ていると、突然声が聞こえてきた。


「フタバちゃん!起きた?」


 驚いて声のした方を振り向くと、そこにはナチュラさんがいた。彼女は私のほうへと歩いてくると、「昨日はよく眠れたかしら?」と聞いてきた。私は慌てて返事をする。


「はい!ぐっすり眠れました!」


「それなら良かった。……そうそう、その植物のことだけどね、その子の名前──植物名は『ルーチェ』って言うのよ」


「『ルーチェ』……素敵な名前ですね!」


 私が素直に感想を言うと、ルーチェはツタを縮こまらせてしまった。……あれ?どうしたのかな……?


「……あら、照れてるのかしら?」


 ナチュラさんがクスリと笑った。


《う~……》


 続けて小さくうめくような声が聞こえると、さらにツタが縮こまる。……なんだか可愛くて、思わず撫でてしまう。すると、ルーチェはツルを私の腕に絡めてきた。


《……お姉ちゃん、もっと撫でて》


 おや……甘えん坊なのかな?私はその要求に応えてあげることにする。すると、それを見ていたナチュラさんが微笑みながら口を開いた。


「すっかり仲良くなったみたいね……。魔法植物がここまで懐くなんて、珍しいわ」


「そうなんですか?」


「ええ、そうよ。少なくとも私は、懐かれたことは一度もないわ」


 そう言って、ナチュラさんは肩をすくめている。

 ……ああ、そういえば昨日は大変なことになっていたっけ……。


「ナチュラさんは、植物とも仲が良いのかと思ってました」


「……だと良かったんだけどねぇ。私、研究のことになるとつい夢中になっちゃって……。怖がらせちゃうのかもね」


 ナチュラさんは苦笑いを浮かべている。私はその様子に、彼女の優しさを感じた。


「そんなことはないと思いますよ。だって、見ず知らずの私を泊めてくれたんですから。ナチュラさんは優しい人だなって思います!」


 私が思ったことをそのまま伝えると、ナチュラさんは嬉しそうに頬を緩ませた。


「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。……でもフタバちゃんは、変わった子ね。普通、私みたいな魔女を見たら驚くものなのに……」


「えっ……!」


(ナチュラさん、魔女だったの……!?)


「……あ、もしかして知らなかった?」


「は、はい……」


 私は驚きながら答える。すると、ナチュラさんは笑い出した。


「あはは!ごめんなさいね!驚かせちゃったみたいで!」


「い、いえ……」


「……まぁ、私のことはいいのよ。それより!あなたのことを聞かせてちょうだい!」


 ナチュラさんのテンションが一気に上がる。


(あー……やっぱりそうきましたか……。でも、言おうと思ってたことだし……いっか)


 私は観念して、自分のことについて話すことにした。



◆◆◆



 私は自分が謎の木の穴に落ちて、こちらの世界に来たこと、そして突然植物の言葉がわかるようになったことを伝えた。


「……なるほどね。それでフタバちゃんは、この世界のことも何もわからないと」


「はい。なので、これからのことを相談したいんですけど……」


「……そうね。じゃあまずは、この国のことや魔法について説明してあげましょうか」


「……!お願いします!」


 私は姿勢を正してお願いする。すると、ナチュラさんはニッコリと笑ってから語り始めた。


「この国の名前は『ヴェルデ国』。緑溢れる自然豊かな場所よ。……この世界は3つの国から成っていて、他に『ブラウ国』、『ジャロ国』があるわ」


 彼女はそこまで説明して、「地図があった方がいいかしら。ちょっと待ってて!」と言って部屋を出ていった。


 しばらくすると、手に丸めた紙を持って戻ってくる。


「これがこの大陸全体の図よ」


 そう言って、ナチュラさんは広げた地図を見せてくれた。

 その地図には、先ほどの3つの国名が記されていた。……でも、私にはそれよりも興味をかれるものがあった。


「あの……これって、木ですか?」


 そう、私が気になったのは、大陸のど真ん中に描かれた大きなだ。その樹を中心として、3つの国に分かれているようにも見える。


「そうよ。これは世界樹『グレート・リリーフ・ツリー』。この樹が世界を見守ってくれているの」


 ナチュラさんは誇らしげに答えた。


「……すごいんですね」


 私は感心しながら呟いた。……でも、こんな大きな樹、どんな風に生えているんだろう?


「ちなみに、この樹は1年中枯れることがなく、成長を続けているのよ」


「え!?そうなんですか!?」


 私は驚いてしまう。すると、ナチュラさんは「ええ」と肯定してから話を続ける。


「この樹が朽ちると世界が滅ぶ、なんて言い伝えも残っているくらいなのよ」


 そう言って、彼女は優しく微笑んだ。

 私はそれを聞いて納得してしまう。

 確かにこれだけの大きさの大樹なら、それだけの力を持っていそうだ。

 私は改めて、この世界の広さと凄さを実感していた。



「……さて、次は魔法の話をしましょうか」


 ナチュラさんは地図を丸めながら、また話し始める。


「魔法っていうのはね、体内にある魔力を使って発動させる力のことよ。……でも、この力は誰にでも扱えるものではないの。そもそも、この世界に暮らすほとんどの人は、魔力を持っていないわ。私のような魔女や魔法使いと呼ばれる人たちだけが、魔力を持っているのよ」


「へぇ~!そうなんですね!」


 ということは、ナチュラさんはすごい人なんだな……。


「……私からも質問いいですか?」


「ええ、もちろん!」


「さっき言っていた『魔法植物』っていうのは、何を指しているんですか?」


「ふふっ、よくぞ聞いてくれました!魔法植物っていうのはね、普通の植物とは違って、魔力を持った植物のことを言うの!」


 ナチュラさんは得意げに言った。

 どうやら、魔法植物というのは特別な存在らしい。私は少しだけワクワクしてきた。

 そんな私の様子に気付いたのか、ナチュラさんは楽しそうにこう続けた。


「この世界には主に2種類の植物が存在するの。それが『魔法植物』と『原生げんせい植物』よ!」


「『魔法植物』と『原生植物』……?」


「そうよ。『魔法植物』はその名の通り、何らかの理由で魔力を宿した植物のことよ。例えば、その『ルーチェ』も魔法植物の一種ね」


 そう言って、ナチュラさんは私の方を指差す。ルーチェはいつの間にか、私の身体に優しくツルをわせて、巻き付いていた。


「この子も……?」


 私は驚いて声を上げる。


「ええ、そうよ。……私魔法植物にしちゃったんだけどね……」


「えっ……?」


 私は耳を疑う。今、私が聞き間違いをしたのでなければ、ナチュラさんがルーチェを魔法植物にしたと言ったような気がしたのだけれど……?


「え~っと……。もともと、この『ルーチェ』って植物は原生植物だったのよ。それを、私の固有魔法……『植物進化プランツ・エボルブ』で魔法植物に変えちゃったっていうか……」


 ナチュラさんは頬を掻きながら苦笑いをしている。

 私は呆然ぼうぜんとした表情のまま固まってしまった。


「ちょっとだけ、力を強くしようと思ったんだけど……やりすぎちゃって……。あっ!大丈夫だからね!これまでも、何度もやってきたことだし……!」


 慌てて弁解しようとするナチュラさんだったが、私はそれどころではなかった。


(ええ~っ!?ナチュラさんが魔法植物を作った張本人なの!?それに、固有魔法って何……!?)


 私は開いた口がふさがらなかった。頭の中で整理しようとしても、なかなか追いつかない。


(あ、やばい……。ダメだ……。頭がパンクしそう……!)


「……フタバちゃん!?」



 叫ぶナチュラさんの声を遠くに感じながら、私は意識を失ってしまったのだった───。

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