第2話 スキル『植物対話』

 それから私は、ビネといろいろな話をした。(『ビネの木』と呼ぶのは長いので、『ビネ』と呼ぶことにした。)


 ビネによると、私のように言葉が通じる人間とは初めて会ったらしい。なので、とても嬉しいと言っていた。枝葉を揺らして笑っているように見える。

 私も嬉しかった。こんなに親切な木に出会えて。それに、これからどうすれば良いのか悩んでいたところだったので、この提案は非常にありがたかった。


 ちなみに、この森の名前は『アルケーの森』というそうだ。昨日はここで野宿をしたのだが、特に問題も起こらず、むしろ自然を大いに感じられて、とても気分良く眠れた。


《この森にはたくさんの生き物が住んでいます。私の他にも、あなたとお話したいと思っている植物たちがたくさんいるはずですよ。ぜひ仲良くなってあげてくださいね》


「わかりました!」


 私は元気に返事をする。そして、最後にこんなことを聞いた。


「そういえば、この森に人間が住んでいる場所はありますか?」


《はい、この近くに小さな家が一つだけ存在していますよ。住んでいる方は、ここへも良くいらっしゃいます》


 ビネはそう言って、方向を指し示すような動きを見せた。


「本当ですか!?それなら、その人に色々聞いてみようかな……」


《そうしてみると良いかもしれませんね。きっと助けてくれるはずですよ》


「はい!そうします!」


 私はビネに別れを告げると、教えてもらった家に向かって歩き始めた。



◆◆◆



 しばらく歩くと、森を出た先にポツンと建つ一軒の家が見えてきた。


「あれがそうかな?」


 家の前まで行ってみる。そこには看板が立っていた。


「あ、良かった……。ちゃんとわかる……」


 私はまず、文字が読めることにホッとした。


「え~っと……何々……?……『ナチュラの植物研究所』?」


『植物研究所』ってことは、ここには研究者さんが暮らしているのかな? とりあえず入ってみることにして、扉を開ける。


「こんにちはー!」


 大きな声で呼びかけるが、返事がない。


「……誰もいないのかな?」


 もう一度呼ぼうとした時だった。奥の方から声が聞こえてきた。



──「きゃああっ!助けてー!!」



 その声に驚きながら急いで声のする方へと向かう。すると、そこにいたのは――


「うわぁっ!なにこれ!?」


 そこで私が目にしたのは、部屋いっぱいに広がるツル植物たちだった。そして、その植物たちに絡まれている女性の姿があった。


「ちょっと、離しなさいよ!こら!どこ触っているのよ!!」


 女性は必死に抵抗しているが、全く意味がないようだ。このままだと大変なことになりそうなので、私は急いで駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「だ、誰!?」


 女性が驚いた様子でこちらを見る。


「私はフタバと言います。あの、これってどういう状況なんですか……?」


「ああ、これはね……」


 女性は私の疑問に答えようとしてくれたのだが、その前にツル植物に動きがあった。ツタを伸ばし、私の身体に巻き付いてきたのだ。


「わっ!ちょ、ちょっと待ってよ!」


 そのまま宙に持ち上げられてしまい、身動きが取れなくなってしまう。


「フタバちゃん!」


 女性が心配そうな表情を浮かべる。


(……どうしよう!早くなんとかしないと!!でも……どうやって……? )


 焦りながら考えていると、ふと森でビネが話していたことを思い出した。



──《私の他にも、あなたとお話したいと思っている植物たちがたくさんいるはずですよ》──



 ……そうだ!私がお願いすれば、この植物も話を聞いてくれるかもしれない!私は声を張って叫んだ。


「お願い、離して!私は、あなたたちに危害を与えるつもりはないの!!」


 すると、植物たちは大人しくなり、スルスルと私を解放してくれた。

 そして、床に優しく降ろしてくれたのだ。


《……ごめんなさい》


 ふと、そんな声が聞こえてきた。その声は小さな子どものもののようだった。私は声の主を探したが、どこにも見当たらない。


(もしかして……?)


 私はその声に答えるように言葉を返した。


「ううん、謝らなくてもいいんだよ。……私たちと、遊びたかったのかな?」


 すると、再び声が返ってきた。


《……うん》


 私はその声を聞いて微笑む。そして、周りにいる植物たちを眺めた。

 その内の一つが、私のほうへツタを伸ばして、チョンッと触れてくる。


「……遊んでほしいんだね」


 私が呟くと、植物は嬉しそうに揺れていた。そして、まるで「高い高い」をするように私を持ち上げた。


《楽しい……?》


「うわぁ……凄いね!楽しいよ~!」


 私はツタを撫でながら答える。そんな私のことを、女性は驚いたような顔で見ていた。


「……すごい、植物と会話してるみたい……」


「あっ、すみません!勝手に盛り上がっちゃって……」


「ううん、いいのよ。助けてくれてありがとう。それより……あなた、一体何者?普通じゃないわよね?何か特別な力を持っているんじゃない?」


 女性の質問に、私は素直な気持ちで答えた。


「え~と……。私にもよくわからないんですけど、なぜか植物と話すことができるみたいです……」


 私がそう言うと、彼女は一瞬キョトンとしてから笑い出した。


「あはは!なにそれ!面白いわ!」


「……あはは!ですよね!」


 私もつられて笑う。


「まあ、いっか。とにかく、あなたが悪人でないのはわかったから」


「ありがとうございます」


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は『ナチュラ・ソルシエ』。『ナチュラ』でいいわ」


 彼女は、亜麻色あまいろの長い髪をかきあげながら微笑んだ。


「はい!よろしくお願いします!……あの……ナチュラさんは、ここで何をしているんですか?」


「私?私は、植物の研究をしているのよ。この広い世界には、まだ知らないことがたくさんあるからね」


「へぇ~!そうなんですか!」


 私は感心しながら聞いていた。すると、今度はナチュラさんが私のことをじっと見つめてくる。

 ……え、何だろう?私、何か変なこと言ったかな?


「ねえ、あなたってさっき『植物と話せる』って言っていたわよね?」


「あ、はい!そうです」


「それってもしかしたら、スキル『植物対話プランツ・ダイアログ』かもしれないわ……」


 ナチュラさんは考え込むようにして言った。


「『植物対話』……ですか?どんな能力なんでしょうか?」


「その名の通り、植物の言葉を聞くことのできる能力よ。少なくとも、私はこのスキルを持つ人とは初めて会ったわね……」


「そうなんですね……」


 私に、そんな能力があるなんて……。でも、今までの私はこんなことできなかったはずだ。それならどうして、急に植物と会話ができるようになったんだろうか……?

 私が悩んでいると、ナチュラさんが話しかけてきた。


「……ところで、フタバちゃんはどうしてここに来たの?」


「あっ、そうだ!実は私、森で迷子になってしまっていて……。それで、ここに辿り着いたんです!」


「あら、そうなのね……。それは大変だったでしょう……。じゃあ、今日はこの家に泊まっていきなさいな」


「いいんですか!?」


「もちろんよ。それに、あなたには色々と聞きたいこともあるしね」


 そう言って、ナチュラさんはウインクしてみせる。


「ありがとうございます!助かります!」


 私は笑顔でお礼を言って頭を下げる。


「いいのよ、気にしないで。……それよりも、せっかくだから少し手伝ってくれないかしら?」


「はい!私で良ければ何でもやります!」



 こうして、私はしばらくの間、この家でお世話になることになったのだった───。

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