第29話 桔梗29

 校門の周辺では、投光器が置かれていた。その眩しい光の中で、立て篭もりをしていた若者たちが次々にパトカーに乗せられていく。


 暴れるようなこともない。とても落ち着いている。

 夢から覚めたような顔をしている者もいれば、いまだ夢の中という表情の者もいる。


 このまま吸血鬼を抱えて、大勢の前に登場するわけにはいかないので、申し訳ないと思いつつ、校舎の影で一度森咲もりさきトオルを地面に下ろした。


 伊織いおりくんに電話する。

 確か彼は、私が合流する前に病院を離れていたはずだ。

 何か緊急の用があったというから、電話に出てくれるだろうか。彼に森咲トオルを預けられなければ、私はこのまま彼を連れて仕事に戻らなければならない。それは避けたい。


 心配よそに、伊織くんはワンコールで出た。

 近くまで車で来ているそうだ。

 私より先に誰かが伊織くんに連絡をしたらしい。誰だろう。


 私は再び森咲トオルを抱え上げると、光の中へ出ていく。

 制服姿の一人が私に気付き、駆け寄ろうとするが、周囲にいる別の人間に引き止められた。耳元でなにがしかを囁かれ、神妙な顔で頷く。そのあと、私の顔をちらりと見て、森咲トオルを見て、それからどこかへいなくなってしまった。


 周囲の警察官たちは忙しく動き回りながらも、私たちのことを気にしているようだった。居心地が悪い。私も立派、とは言えないまでも警察官なのに。けれど、仕方がないだろう。

 吸血鬼と、亜人に対応する公安の部署なんて、あやしさ満点である。


 私は立ち止まり、アザミさんの姿を探した。見える範囲にはいない。

 森咲トオルを抱え直す。さすがに重くなってきた。


 呼吸はしているのに、身体が冷たいのが不思議だ。暑いから助かるけれど。


 校門を出て、停車したパトカーの間をすり抜けて、大通りへ向かう。

 繁華街に近いこともあり、車通りが多い。


 一台の車が私たちを通り過ぎて止まった。

 運転席から伊織くんが出てきた。


 こんなに警察官が集まっている現場だから、運転免許の心配を一瞬してしまう。けれど、彼はまだ戸籍が生きていると言っていた。それなら、偽造ではない、本物の免許証を持っているのかもしれない。

 そこに載っている写真は、こんなに若くはないだろうが。


 近づくと、伊織くんは助手席のドアを開けてくれる。

 シートが倒されていた。そこへ森咲トオルを寝かせる。しっかりとシートベルトもしめた。


「大丈夫ですかね?」


 少々乱暴な扱いになってしまったけれど目を覚まさない。


「死ぬような状態なら、もうとっくに灰になっているはずなので、大丈夫でしょう」


 伊織くんはあっけらかんとそう言う。


「どうするんです?」

「とりあえずは血液を大量に集めて与えます。たいていそれで目が覚めるので」


 バスタブいっぱいの血液と、そこに沈められる森咲トオル。という悪の吸血鬼そのもののような想像をしてしまうが、きっと違うだろう。血液はすぐに凝固してしまうだろうし。


「大量の血液というと、ちなみにどこから?」

「それは、まあ、いろんな場所から」


 伊織くんはこちらを見ずに薄く笑う。


「長期保存が可能なら、もっと楽なんですがね……では」


 伊織くんは運転席にまわると、私に軽く一礼して車に乗り込んだ。


 車が走り出して、見えなくなるまでぼんやりとしていた。しばしの休息である。

 廃校に戻ろうとしたところで、学校のほうからアザミさんがやってくるのが見えた。


「森咲トオルはどうなった?」


 そう問われたので、公主に依頼されて伊織くんに任せたことを話す。

 神様との戦闘があったことを、もちろんアザミさんは把握していたが、冴島さえじま理玖りく永廻ながさこ恭子きょうこの行方については知らないようだった。


「私と別れてからだいぶ経ちます。外に出られたんでしょうか?」

「かもしれない」


 そこでアザミさんは声のトーンを落とす。


「他にもいなくなっている。立て篭っていたメンバーのうち、吸血鬼化してた人間だけ」


 どういうことだ?


「迷子が何人も廃校に入ったのは間違いない。でも我々に連行されていったメンバーの中に迷子はいない。まだ確認中だけれどね。どこかのタイミングで逃げたようだ」

 

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