第30話 桔梗30

「あと一つ」


 アザミさんが続ける。


「突入で一人やられた。救急搬送される」


 そこで言葉は区切られ、長いため息が挟まる。


「きっと助からないだろうね」

「そんなにひどいんですか?」

「ああ。誰がやったのかはわからない。気づいたときには、一人で倒れていたそうだよ。他は誰もあんな攻撃は受けていないから、きっと狙いはそいつだったんだろうね」


 榎木丸えのきまるあずさ殺害の容疑者。

 復讐が成功したから立て篭もりは終わったのだ。


 アザミさんとはそこでわかれた。

 私に課された仕事は、情報収集という、なんとも曖昧なものだった。

 まあ、逃げた迷子たちを追えと言われても困る。それに、私のいる部署の仕事は、だいたいが情報収集なのだから、いつもの仕事をせよということなのかもしれない。


 逃げた迷子たちは、おそらく校門以外の場所から外へ出たと思われる。廃校周辺にはもちろん見張りの警官が何人もいたのだろうが、見逃すように暗示をかけられてしまえば通してしまうはずだ。


 近隣の住宅やコンビニに設置された防犯カメラをチェックすればわかるかもしれない。

 コンビニなら大丈夫だろうが、一般市民に協力を要請するには、気がひける時間帯になっているので、確認できるのは明日以降。その間に、けっこう遠くまで行けるのではないか。


 このままでは殺人事件になるだろうから、刑事部が中心になって動くだろう。たとえ犯人が吸血鬼でも。


 情報収集か。

 榎木丸えのきまる潤也じゅんやの連絡先を知っていれば、ダメ元で電話をかけたかもしれない。


 伊織さんと森咲もりさきトオルは無理だ。公主も今は避けたほうが良いだろう。さっきわかれたばかりだし。

 そうなると、私が話を聞ける相手はほぼ一択となる。

 貴婦人だ。

 

 電話をすると貴婦人本人が出た。ぜひ今から、ということだったのでタクシーで向かう。


 拠点のインターホンを鳴らしても誰も出なかった。が、門の鍵は自動的に開いた。

 私は訪問者に向けられたカメラに向かってお辞儀をしてから、門の脇にある小さな出入り口から中に入る。


 玄関から温室への道も一人で歩いた。

 遠く見えるお屋敷に灯りはなく、まだ早い時間だけれど、誰もがもう眠りについたようにひっそりとしている。

 貴婦人の待つ温室だけか、煌々と光を放っていた。


「お邪魔いたします」


 貴婦人はいつもの通り、温室の中央にある椅子に腰掛けていた。


「ごめんなさいね。今日はここにわたくし一人だけなの」


 出迎えがなかったことに対してだろう。


「いいえ、こちらこそいきなり押しかけてしまいまして」

「それがあなたの仕事でしょう? それに、わたくしはいつでも歓迎なのだから」


 貴婦人が片手でそっと向かいの椅子を示したので、「失礼します」と言って腰掛けた。


「さて、今日はなんの御用でしょう?」


 無邪気な笑顔でそう問われ、私は少し戸惑う。何から聞けば良いだろうか。


「ふふふ、冗談です。公主の拠点でのことでいらしたのでしょう?」

「はい。貴婦人はあの場所に?」

「ええ、おりました。鏡の中でのことですけれど……」

「それは、実際にはいなかったということですか?」

「うーん、あまり詳しいお話はできないの、ごめんなさいね。でも、呼ばれればすぐに姿を現せる位置にいました」


 バックドアのように鏡から出て来れたという意味だろう。


「公主を、その、捕まえるために?」

「反意の兆しあり、とお聞きしましたので。でも間違いでしたから、すぐにこの屋敷に戻りました」


 私は一つ深呼吸する。

 貴婦人はいつものように淡く笑みを浮かべたまま、私の言葉を待つ。


「あの、廃校にいた迷子たちが消えたんですが、どこに向かったのかおわかりになりますか?」

「あら、そうなの」


 貴婦人は小首を傾げると、ほっそりとした手を頬に添える。現実にはあまり見ない仕草だが、貴婦人がすると絵になった。


「わたくしは存じ上げないわ。おそらく公主も」

「公主も?」

「わたくしたち、子供たちのことは愛してはおりますけれど、何をしようとしているのか、そういったことに関しては、あまり興味はありませんの」


 子供たちとは眷属のことだ。

 貴婦人に眷属がいる、あるいはいたという話は聞いたことがなかった。気軽に聞けるような内容でもない。それは人間も吸血鬼も同じだろうと思ったのだ。


「そうですか」

「もちろん公主にもお尋ねになったほうがよろしいわ」

「ええ、はい。そうします。」

「そうそう、公主の眷属のかただったと思うのだけれど……」


 貴婦人はそこでゆっくりと瞬きした。視線をテーブルに下げて、そこに置いてある本を見る。


「たしか、吸血鬼の村について興味がおありだったみたい」


 吸血鬼の村とは。都市伝説の類だろうか。


「日本にあるそうなのよ。今でも残っているのかしら……吸血鬼たちが住んでいる地域らしいのだけれど。ほら、小説でもあるでしょう?」


 貴婦人は有名な吸血鬼小説を二作あげた。たしかどちらも街に吸血鬼が移り住んできて、住人がどんどん吸血鬼になっていくという話だ。


「どちらも作中で吸血鬼はほぼ全滅しています」

「そうでした。ふふふ、そこは成功した吸血鬼の村なのだそうよ」


 そういった地域が現存する可能性はあるだろうか? あとから調べてみよう。


「だから、いなくなった迷子たちで作るのではないかしら、どこかに吸血鬼たちの村を」



 

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