第27話 桔梗27
そのとき、ふいに公主が天井を見上げた。
そして首を傾げるような仕草をする。
実家の猫もたまにこういった仕草をする。何か奇妙な音が聞こえたときなどに。
「どうかされましたか?」
「いいや、今のところはなにも」
そう言って、一瞬だけ鋭い目つきをした。こういう表情をすると、一気に子供らしさが抜け落ちる。
それからこちらに向き直ると、デフォルトの笑みを浮かべた。
「すまないね。話の続きをしよう」
「ああっ、はい」
「それは
「うーん。全員が、ではないでしょう」
そうすれば突入ではなく、別の対処が取られたと思われる。
「吸血鬼化している人たちは、何か別の理由で動いているのかもしれませんね。いくら心酔していたとしても、復讐のために吸血鬼になったうえ、廃校に立て篭もらないでしょう」
人間に戻ることができるとはいえ、捕まれば前科がつくこともあり得る。
暗示的なもので従わされている可能性もあるのだろうか。
それとも、こういった部分がこの集まりを宗教だと思わせる所以なのだろうか。
「もう人間のときの気持ちなんて忘れてしまったよ」
おどけた口調だった。
「では、今の公主なら復讐の手助けをしますか?」
公主はそこで笑みを深くした。図らずもストレートに尋ねてしまっていたからだ。
そういえばこの仕事についたときに、心理戦はしないと決めたはずだ。最初から直接聞けば良かったのだ。
「頼まれれば助けたかもしれないね。でも私は立場上、なんでもしてあげられるわけではない」
予想通りの答えだった。
きっと真実なのだろう。
永廻恭子のみの判定で判断するならば、今回の吸血鬼化に、公主は関係していないと思われる。となると、吸血鬼化も暗示も、他の吸血鬼、しかも本物の、が関わっていることになるのだろう。
吸血鬼に縄張り的なものがあるとは聞かないが、それでも自分のテリトリーともいえる場所で他の吸血鬼があれこれするのを許すというのも違和感がある。
しかし公主はさっき、自分がいない間に誰がここにいるのかは知らないと言っていたから、私が感じるほどには気にならないのかもしれない。
「そういえば公主は、昨夜の集まりにいらしたと伺いました」
「ああ、ゲストとして招待を受けたので挨拶にね。これまでに二、三回程あるよ」
秘密の集まりは、人間ではない者に会えるという触れ込みらしい。
二、三回ということなら、公主がいない日には、やはりホストがいたはずだ。
「そこで何をされるんですか?」
「文字通り挨拶だけさ。何ら問題はないだろう?」
「はい」
そうなのだ、何も問題はないのだ。
まるで公主が犯人かのように、ここまでぐるぐると考えを披露してきたけれど。
この復讐策戦を公主が知っていたとして、いや、たとえ関係していたとしても、直接手を下したりしなければ、大きな問題にはならない。
倫理的にはどうかと思われるが、人ひとりの死よりも、協定を反故にするデメリットのほうがはるかに大きい。
今回は、複数人を吸血鬼化させ、武器を用いてなんらかの攻撃的な行為をする可能性が想起されたため、突入だのバックドアだのと大ごとになってしまった。
もちろんそれは復讐のために計画されたものだったわけだけれど。
この騒ぎは何人かの逮捕者と、もしかしたら一名の死亡者が出て、世間を揺るがすようなこともなく終わるのである。
公主はここで、誰かの身代わりにしばらくの間なっただけだ。
それは榎木丸潤也に頼まれからなのだろうか。
それとも何かしらのメリットがあったのだろうか。
そのチャイムは取り留めのない話の途中に鳴りだした。
ここに来たのは数度だけれど、その際にチャイムは聞いていない。
この騒ぎに関係するものだろうか。
「緊急だ。少し席を外すよ」
「え?」
胸騒ぎがした。
公主は椅子をロッキングチェアのように後ろに大きく傾ける。
私は驚いて一歩公主に近づく。
椅子はそのまま勢いよく倒れる。公主は慌てる様子もない。
どきりとする程の大きな音を立てて椅子が床にぶつかる。
その瞬間、公主の身体は輪郭をなくし黒い霧となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます