第15話 桔梗15
警視庁に戻ると、フロアがざわついているのに気づいた。
目に見えてバタバタとはしていないが、忙しない空気が漂っている。
七課は人員が少ない上に、そもそも出勤してくる面子がほとんどいない。だからこれは七課以外も騒がしくなっているということだ。
アザミさんに手招きされたので歩み寄る。
「おつかれさん」
「お疲れ様です。森咲トオルに行確ってしてないですよね?」
一応聞いておく。
行確とは行動確認の略で、張り込みや尾行で対象者の行動を把握することである。
本物の吸血鬼とその拠点の監視は行われているが、一般の吸血鬼に対して原則していない。人間が尾行するには身体能力に差がありすぎるためだ。
それに吸血鬼全員を把握できているわけでもない。
どこに誰がいるか、遭遇すればその都度記録しているが。知らないうちに増えていくのだから仕方ない。
「どうだろう。最近きな臭くなってきたから、していてもおかしくないけれど」
「じゃあ逃げられちゃったんですかね」
「ただの旅行ってわけでもなさそうだし。もし逃げたんなら、廃校でのあれこれが、単なる噂ではなくなってしまうな……三月うさぎのところにも行ったんでしょう?」
「はい。数日前に離れたいと申し出があって許可したそうです。行き先は不明」
「数日前ね」
「公爵夫人も連絡を受けたのはここ一週間だって言ってましたし、東京を離れたのは五日ほど前じゃないですかね」
五日もあれば地球の裏側にも行けるが。
「出先から電話で伝えたなら、二週間前でも一ヶ月前でもあり得るさ」
「そんなに長く姿が見えなかったのなら、もっと早くに判明していたでしょう?」
「さてね。森咲は最近、廃校へ行ってはいなかったみたいだし」
そこでアザミさんの電話がなった。
相手の声は聞こえない。
アザミさんは「ああ。お疲れ」とだけ言って電話を切った。
「森咲トオルはアパートを引き払っていたよ。実家にも探りを入れたけれど、三年は帰っていないようだ」
吸血鬼に実家がある、ということにどきりとする。
森咲は確か吸血鬼になって三年ほどだったはずだから、実家に家族がいてもおかしくない。
三年帰ってないということは、すなわち吸血鬼になってから帰っていないということか。
歳を取らなくなってしまったのだ。食事だって共にはできない。だんだんと疎遠になってしまうのだろう。
「三月うさぎは変に勘繰らないようにと言ってました」
余計なことだとは思いつつ、そう報告する。
「変に勘繰るのが我々の仕事さ。ことが起こる前に治めないとならないならね。小さい芽のうちに摘んでおこう」
「はい」
森咲トオルの所在が判明したのは、二日後だった。
場所は九州。
現地へは私が行くことになった。
犯罪者をつかまえるわけではないため、現地の警察に協力を要請することもない。
一応のところ、東京を離れた理由を確認するだけで良いようだが、その理由によっては森咲を連れて東京に戻ることになる。
事情を聞きに九州にまで足を運ぶなんて、過剰な気もしたけれど、廃校について何か決め手になる情報を上が掴んでいる可能性は大いにある。
なんにしても、行けと言われたら行くのが私の仕事だ。その際、理由なんて必要ない。
朝一の飛行機を予約し、七課のデスクで書類の整理をした。
旅の準備をしなければ。一週間ほど戻れないことも考慮しないといけない。
必要なものは買い足さないと。
そう思いついて、退勤しようと席を立った。すると、そのタイミングで資料室から物音が聞こえた。
動きを止める。
足音のように聞こえた。
革靴が歩くこつこつとした音。
その部屋には七課に関わる資料のみが置いてあるため、普段は誰も立ち入らない。
誰か入っただろうか?
覚えていない。
周りを見る。
誰もこちらを気にしていない。
ここは警視庁だ。泥棒なんてことはまずあり得ない。
このまま帰ったほうが良い。
自分以外にもこのフロアには人がいるし、私がここで無視しても大ごとにはならないだろう。
それでも、少し、気になった。
誰もいないはず。誰もいないはず。
そう心の中で唱えた。
そっとノブを回して、こっそりと中を覗く。
願いに反して、若い男性が一人立っていた。
一気に身体が冷えた。
あ、だめなやつだ。
私は咄嗟にドアを閉じる。
見てはいけないものだ。
どうしてそう思った?
わからない。
何か変なところがあった?
わからない。
でも、わかる。
目にしてはいけないものだ。
吸血鬼とも違う。
心臓が痛い。
手が冷たい。
寒い。
あれはいったいなんなんだ。
急に引っ張られた。
ドアノブを握ったままだったからだ。
向こう側からドアを開けられた。
目の前にその男性がいる。
でも見ないようにした。
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