第13話 桔梗13

「戻って話しますか?」

「いえ、車で」


 今度は中城さんが先を歩いた。


 路上パーキングに停めてあった車に乗る。エンジンはかけない。

 街路樹が目隠しのようになっていて、往来であっても目立たない場所だ。


「宗教ですか」

「まだはっきりとは。あなたは三月うさぎの拠点に出入りしていますよね? 廃校のときから」

「はい。でも、廃校に行ったのは二、三回ですよ。すぐに引っ越しましたから」

「中はどうなっています?」

「レンタルスペースでしょう? 入って確認できるのでは?」

「いえ、あそこは拠点になる前から現在に至るまで個人が所有していまして、今まで一度も貸し出されたことはありません」

「レンタルスペースではない?」

「ええ」


 ホームページを確認したはずだが、あれはフェイクなのか。


「立場的には抵抗がありますね」


 以前とはいえ、自分の部屋の間取りを他人にほいほい話されたくはないだろう。

 大親友とはいかないが、友人くらいの位置にはなれた気がする。それをご破産にはしたくない。


「現在の拠点の話ではありませんので」

「廃校で何が起こってるんですか?」

「大学生を中心とした若者向けのイベントが開催されています」

「サークルとかセミナーですか?」


 単位の取り方、就職活動の相談、そういった名目の集まりが、実は宗教だったというのはよく聞く話だ。


「遊んでいますね。運動会をしたり、料理を作ったり」

「楽しそうですね」

「そうですね、いたって健全な集まりです。ただ、選ばれた人間だけが招待されるパーティがあるという情報が入りまして」


 選ばれた人間だけ。それはちょっと甘美だ。健全が途端にあやしくなってきた。


「それは例えば、そこで吸血鬼に血を吸ってもらうとか、吸血鬼にしてもらうとか、そういう類の?」


 世の中にはさまざまな趣味嗜好があるもので、吸血鬼になりたいは言わずもがな、見目麗しい吸血鬼に血を吸われたい、なんていう願望を持つ人もいるのだ。


「どうでしょう? 迷子になっている者がいないか協力者に確認してもらっていますが、今のところ発見されておりません」


 迷子とは吸血鬼になりかけている人間のことだ。

 特別外見上の変化はないため我々にはわからないが、吸血鬼には一目瞭然なのだそうだ。


 つまり協力者とは吸血鬼ということになる。


 七課ともなると協力者には人間以外もいるのだな、と自分も所属しておきながら感心してしまう。


 おそらくその遊びのイベントには、もう何人か潜入しているのだろう。

 ただ、もう一段階深いところには、まだ入れていないのかもしれない。まあ、たとえ潜入できていたとしても、私には話さないだろうが。


「どちらにしろ、取り締まりの対象ではないですよね?」


 他者の血を吸うことも、他者を吸血鬼にすることも、同意があれば法に触れない。

 まあ、吸血鬼に関する法律はないのだから、現行法に沿うしかないのだ。


 同意なく吸血したり、吸血鬼にしたりすれば傷害罪で引っ張ることになる。吸血鬼化に失敗して相手が死亡すれば、もちろん殺人罪だ。


 本物の吸血鬼は他者に暗示をかけるのも容易いから、それを使われてしまったら同意も何もないけれど。


 私にまで話を聞きにくるほどの事態だろうか。


「未成年者が多数含まれています」

「なるほど」

「それに、大人数を吸血鬼化させれば、一時的な戦力にはなります」


 吸血鬼になれば身体能力は上がるし、怪我の回復も早い。

 いくら吸血鬼相手とはいえ、こちら側にもそれを制圧するだけの術はある。ただ広範囲でいっせいに暴れられたら、ある程度の被害は出てしまうだろう。そもそも相手が人間であってもそうだ。


 本人が選ばない限り吸血鬼にはなれないらしいのだが、あらかじめ、そういった願望の人間を集めれば良い。


 きみも吸血鬼になって、日本を滅ぼさないか? うーん、集まるだろうか。


 それにしても中城さんは喋りすぎではないだろうか。

 普通はここまで明かさず、欲しい情報だけ持ち帰るはずだ。


 自分がここまで話したのだから、お前も話せということなのだろうか。そんなはずないか。


 私は中の様子や、隣の棟へと移るルート、公主が使っていた部屋を説明する。


「拠点を移したとはいえ監視されていることはわかっているでしょう。そんな状態でテロなんて起こしますかね」

「そうならないよう願います」

「以上なら、もう行きます」


 私がそう言うと、中城さんは「あと一つ」と引き留めた。


「このことに三月うさぎは関与していると思われますか?」

「わかりません。それが話題に上がったことはないので」

「個人的な感想としては?」

「そうですね……」


 公主とのこれまでの会話の断片を思い起こす。


「積極的には関わらないでしょう。私が知る三人の中では一番の常識人です。でも、家族にお願いされたら、手助けくらいはしそうです」

「家族……眷属のことですか」

「はい。彼にとっては家族らしいですよ」

「なるほど。大変参考になりました」


 車から降りて、振り返らずに歩き出す。


 家族と遠回しに表現したが、あれは完全に眷属を子供のように思っている。一般的な人間の親が子に抱く感情とは微妙に違ってはいるが。


 人間を吸血鬼にできるのは、本物の吸血鬼だけ。

 もし秘密のパーティーが人を吸血鬼化させるようなものなら、元拠点が使われている以上、公主が関わっている可能性が高い。


 協定違反だ。


 本当に聴きたかったのは、きっと最後の質問だったのだろう。

 

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