第12話 桔梗12
這々の体で桜田門に帰った。
大袈裟かもしれないが、自分では本当にそう感じていた。
そのせいか帰りの電車では、珍しく席に座ってしまった。
今日のことを思い返してみる。
うまくいったようには見える。
けれど一人だったから、ミスをしてしまったのかもわからないだけだ。
失敗というものは、その場では何ともなくても、後々、大きな問題として浮上してきたりするものだ。
今になって胃が痛くなってきた。
フロアに戻ると、アザミさんが一人残っていた。
言われた通りメモを返す。
口頭で簡単に報告をして、拠点の移動に関する事柄は、今後私が担当するように指示を受けた。
これは監視しているチームとも連携しなければならないので、その担当者を聞く。
「公主の拠点について、人を集めているという話をしていました。それに関して、もっと話を聞いたほうが良いですか?」
公主は事もなげに話していたが、吸血鬼が定期的に人間を集めているのは、少々物騒な話に聞こえる。
監視はされているのだから、危ないことが行われているわけではないのだろうけれど。
「うん。それはこちらも把握しているよ。今のところは特に問題はなさそうだ。うん。少なくても、我々が介入できるような事態にはなってないってことね。きみは、あまりそういったことは気にせず、まあ、彼らと仲良くなろうくらいの気持ちで、今はいてくれたら良いよ」
公主の話した通りだ。信頼を得よ、ということだろう。
鏡のことが頭をよぎった。
バックドア。
帰る間際、僕が話したことは内緒だと、そう公主は言っていた。私は約束はできませんと答えた。聞かれたら嘘はつけない。そういった職業だし、私は危ない橋は断固として渡りたくない派だ。
しかし、信頼を得よと指示されたのだから、公主との約束を優先しても良いのかもしれない。
「公爵夫人にも三月うさぎにも、鏡を持っていないか聞かれました。これから先は、持たされるだろうとも」
「へえ」
「鏡とは、そのままの意味なのでしょうか?」
「そうだよ」
それからアザミさんは、いまだ手に持っていたメモに視線を落とした。
「うん、そうか。やっぱりきみは持たないほうが良さそうだね」
鏡を、ということだろう。
「どういうことでしょうか」
「そこまで警戒されてるとね」
これは質問の答えではない。
バックドアとは、おそらくコンピューター用語のことだ。
裏口、勝手口。
鏡があれば、正規のルートを使わずに侵入できるということなのかもしれない。そうならば警戒するのは当たり前だ。表向き敵対していないとはいえ。
そこから話は続かなかった。
説明してもらえないということは、機密事項なのだろう。
私が知る必要のないのとだと判断された。
ただこれは落ち込むようなことではない。
たとえ同じ課でも、他のチームが今いったい何をしているのか知らされない。公安部では、それが常識だ。
私も、私が知っていることは話さなかった。
この判断には少し緊張したが、公主の信頼のほうを取ることにした。
第一、本当のことかもわからない。
アザミさんが帰るというので、貴婦人の執筆について一応尋ねてみると、「好きにしなさい」とのことだった。どうせなら禁止して欲しかった。
そのあとの数ヶ月、特別危険なことはなかったように思う。
公主の引越しも無事終えられた。
週に一回は各拠点をめぐり信頼関係を結ぶよう努めた。
伊織くんとも度々会って、吸血鬼に関するちょっとした雑学めいたとこを教わったり、彼の普段の仕事について聞いたり、私の仕事についても言える範囲で話したりした。
他のセクションから尾行の要員として駆り出されることもあったが、これは吸血鬼とは関係のないものだった。
大人数の捜査員が代わる代わる尾行していくなか、私の番で失尾するわけにはいかないので、だいぶ気疲れした。
配属された当初に想像した、吸血鬼大戦争的な大立ち回りもなく、私が携わる七課としての仕事量は微々たるものだった。
昼食を終えて仕事に戻ろうとしたときだった。
後ろをついてくる男性に気づいた。
かっちりとした見た目にスーツ姿。
私は本庁に戻るのをやめて、そのまま道を歩き続ける。
男性は追いついてきて私の隣に並んだ。
「桔梗さんですね。中城です」
同じ七課の人間だ。
「なんでしょう」
「三月うさぎが以前拠点にしていた廃校について教えていただきたいんです」
私は返事をしないまま、中城さんの顔をチラリと見た。中城さんは真っ直ぐ前を見ている。
「宗教団体の施設として利用されている疑いがあります」
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