第11話 桔梗11
「はい。おそらく、そのほうが助かるかと」
駆け引きはしないと決めて良かった。
自分よりも長く生きている人物との心理戦なんて、勝てるわけない。
これを心理戦だなんて思っているのは、自分だけだろうけれど。
「あんまり山奥は可哀想だよね。大丈夫、ちゃんとしたところを選ぶから」
公主は小首を傾げる。とても可愛らしいと思わせる仕草だった。
「きみは配属されたばかりだったよね? 監視とかしたことないの?」
「訓練では数度」
「ああ、やっぱりそういった訓練があるんだね?」
「はい。いわゆる公安的なものは一通り」
「ふーん。監視に尾行に盗聴。とても興味深いけれど、どんな訓練をするかなんて教えてはくれないんだろう?」
「すみません」
公主は一瞬つまらないという顔をした。子供らしい表情だ。演技かもしれないとわかってはいても、微笑ましく思ってしまう。
「その訓練で適性なしになる警察官もいるのかい?」
「それは、どうなんでしょう? みんな偽名で講習を受けますし、配属先もばらばらなので、その先のことはさっぱりで」
訓練をこなせないような人物にスカウトがくることはないだろう。能力についてなども、事前に相当調べられているはずだからだ。
ただ特に優秀でもない私がパスできたのは、そういった面で期待されていないせいかもしれない。
過剰な期待も気が重いが、全然されないのも悲しい。
公主は私の考えていることはお見通しという、涼やかな顔をしてこちらを見ている。
「監視されるのは、やはり、嫌なものですよね?」
ふとそう思ったので尋ねてみた。
当たり前だと怒られるかもしれない。
自分にしては考えなしの質問だったが、これくらいなら気分を害さないのではないかという予想だった。
公主は私の問いに笑った。
たぶん、こんなことを聞いてくる人間には見えなかったのだろう。
「うーん……まあ、仕方のないことだと理解しているよ。幸い、外からだけで、室内に監視の目はないから。きみが鏡をこっそり持ち込まないかぎり」
それから公主はすっと目を細める。
「いろいろと配慮してもらっているからね、これくらいの我慢はするさ」
また鏡だ。
吸血鬼は鏡に映らないと聞くが、それとは関係がなさそうだった。
鏡があれば監視されてしまう、そういった口振りだ。
「鏡について、私はまだ何も知らないんです。でも貴婦人は、私が今後、鏡を持たされるだろうとおっしゃってました」
持ってくるのは仕方ないが、置いて帰らないように、そんなニュアンスだった。
「どうかな? きみの仕事は我々の信用を得ることだと思うよ」
公主は顎を上げると、ため息をついて背もたれに寄りかかった。
「そういったことは他が請け負っているはずだ。きみまでそんなことをし始めたら、信用なんて吹き飛んでしまうよ」
鏡を持っていると彼らは信用できないのか。
「私は信用を得られるでしょうか?」
「さてね。自信はある?」
「まったく」
「はははっ。正直すぎるのも考えものだよ」
「得たいとは思っています」
「うん。僕らも誰か信用のおける人物にパイプ役になってもらいたいという気持ちはある。双方にメリットのあることだよ。お互い努力しよう」
「はい。今後ともよろしお願いします」
私は頭を下げ、しばらくそのままで躊躇ったあと、「あの……」と頭を上げた。
「鏡とは何でしょう?」
「うーん。僕から教えても大丈夫なのかな?」
公主は苦笑いをした。
「たぶん、実際に見るまでは信じられないだろうと思うから、詳細は省くよ。詳しくは上司にでも聞いてくれ」
背もたれから離れ、今度はデスクに頬杖をつく。
「あれはね、バックドアだよ」
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