第2話 桔梗2
配属というのは、本人の希望も加味される。だいたいは、事前に意思の確認をされるものなのだ。
しかし警視庁の公安部である。
そんなところからの声かけなら、先触れなんてあろうはずもない。
私に選択の余地はなかった。それは半ば決定事項だったからだ。
それにしても、公安のスカウトとはかなりのエリートがされるイメージがある。しかも配属先は本庁だ。どうして私なのだろうかと、訝しんだ。
自慢ではないが、私の警察学校時代の成績は平々凡々だった。剣道の有段者ではあるので、武道はそれなりにやれていたとは思うけれど、公安部といえば情報収集が主だから、あまり関係はないだろう。
研修期間を経て当庁すると、アザミという名の人物が私を待っていた。
アザミさんは柔和な顔立ちの五十歳くらいの男性で、少しのんびりとした口調で喋った。
アザミというのは本名ではない。
ここでは皆、本名で呼び合ったりしないのだ。
職務上言えないことはあるが、わからないことは、とりあえずなんでも聞いてくれと言われたので、さっそく自分が選ばれた理由を尋ねた。
アザミさんは「そうだねぇ」と言ったあと黙って天井を見上げた。私もつられて天井を見上げる。だがそこには何もなかった。
話せないことなのだろうかと思っていると、「きみはさ」と話の続きが始まった。
「交番勤務のときに幽霊見たって報告書に書いたでしょう?」
「いえ、あの……はい」
正確には書いていない。報告書に幽霊を見たなんて書く勇気はさすがになかった。だからといって、嘘や誤魔化しを書くこともできず、ただただ正直に自分の身にあったことを書いたのだ。何度か。
実は警察学校時代にも、同じ部屋で寝起きする仲間と幽霊に遭遇したことがある。
そのときは他言無用を固く言い渡されたので、こういう話はご法度なのだと思っていた。
「きみは、あれかな? 昔から幽霊とかよく見たの?」
話が脱線したように思えたが、私は「いいえ」とだけこたえた。
「そう…。研修のときに不思議な指示があったでしょう?」
ピンときていない私の顔を見て「ほら、説明もなく部屋に入らされた」と説明してくれる。
「ああ!」
資料室とかかれた部屋に入るように言われたのだ。特に何も指示はなかった。
入室したとたんアナウンスが流れ、制限時間内に盗聴器を探せとか、逆に仕掛けろという指示があるかもしれないと、私は内心ドキドキしていたが、それもなかった。
資料室には段ボール箱の入ったメタルラックとテーブルが置かれてあった。
入り口から部屋の全体像は見えない。
私はとりあえず中の様子を把握しようと、部屋の奥に進む。すると、ラックの向こうに女性が立っているのが見えた。事務の制服を着ているようだった。
私はまったく気づかずに、無遠慮に近づいてしまったので、思わず「すみません」と謝ってしまった。
その後、すぐに部屋から出るように言われたのだが、あれがなんの訓練だったのか説明はなかった。
「あれね、幽霊なんだよ」
少し間があった。
私はアザミさんが冗談だよ、と言うのを待っていた。けれどアザミさんはわたしの顔を見るばかりだ。
「あの、本当でしょうか?」
失礼かと思ったが確認してみた。俄には信じがたい。
薄ぼんやりとしていたわけでもない。しっかりと見えていた。彼女が足の左右で重心を変えるときの、微かな音すら聞こえていたのだ。
「本当。彼女は比較的誰でも見えるんだよ。よっぽど鈍感じゃない限り」
「はあ。あの、それが選考の理由でしょうか?」
「まあね。他にもあるけれど」
「職務上必要ということでしようか?」
「必須ではないけれど。うん。見える人間のほうが説明しやすいんだ」
「はい?」
「きみがこれから所属するのは、公安第七課。人ならざる者が関係した事件を扱う部署だよ」
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