秋近う
秋月カナリア
第1話 桔梗1
出来るだけ、困難な道は避けて生きてきた。
私のいう困難とは、心身どちらかがつらくなることである。
若いときの苦労は買ってでもしろ、というけれど、避けきれない苦労だけで手一杯で、さらに買ってまでも経験したくはなかった。
運動が苦手ではなかったので、小学生時代は、少年野球やミニバス、サッカーなどに誘われたが、頑として入らなかった。
塾にも行かなかった。
学校から出される宿題を、きちんとこなしていくから、それで勘弁してくれと思っていた。
そんな私であるけれど、これまでに何度か、自分にとっては大変な道を選択したことがある。
その一つは剣道である。
中学校に入学してすぐだった。友達がしきりに剣道部に入ろうと誘ってきたので、一緒に入部したのだ。流行りのアニメか漫画か、もしくは芸能人の影響だったかと思う。
その友人は練習のつらさに耐えかねて、一、二カ月ほどで辞めてしまったのだが、私は辞めたいと申し出るのが面倒で、そのまま続けたのだった。
私と同じ年に入部した生徒は経験者が多く、これまでに結構な成績を収めていた。そのせいで顧問の先生の指導にも熱が入ってしまい、練習がだんだんとハードなものになっていった。そうして、なんとなくで始めた生徒たちが振り落とされていったのだ。友人もその一人だ。
私はというと、素振りも筋トレも、なんだかんだ言いながら真面目に取り組んだ。理不尽な指導でもなかったし、まあ、たしかに我々には必要だと感じたからでもある。
私は大変だと事前にわかっていれば出来うる限り避けるのだが、もうその大変さの渦中にいるのなら、諦めるようにしていた。
マラソンも走るまでは気が重く、走り始めてしまえば、あとは何も考えずにとりあえず走れば良いのだから気は楽になる。
どんなに頑張っても試合に出られないのなら張り合いもないだろうが、剣道の場合、団体戦と個人戦があったので、団体戦のメンバーに選ばれなくても、個人戦で大会には出られた。
結局高校でも剣道を続けて三段まで取れたので、自分としては満足しているが、それでもたまに思い出しては考えてしまう。
私を剣道に誘った友人とはそれ以来疎遠になったのだから、大親友だったというわけではない。
それならなぜ私はあのとき剣道部に入ったのだろうかと。
高校卒業後は大学に進学した。
高卒よりは大卒のほうが、就職に関しても有利だし、給料も良いだろうと思ってのことだった。高校を卒業してすぐに就職というのは、バイトをしたことのない私にとっては、受験勉強よりもハードルが高かった。
大学までは、さすがに剣道は続けなかった。
一応練習を見学したりもしたが、やはりレベルが違う。
私のように、ただただ惰性で続けられるような場所ではないと判断した。
だから大学では、のんべんだらりとした生活を送っていた。
これがまさに自分の求めている生活であるとまで思ってしまったが、実家が太いわけでもないので、卒業すれば仕事をしなくてはならない。
そして、次に自分でもよくわからない選択をする。
警察官になったのである。
いや、これに関しては、採用試験を受けたし、そのために勉強までしたのだから、流されたのでは決してないのだと思う。
それとなく家族に誘導されたような気がしないでもないが。
警察学校での生活はつらい日々だったけれど、目の前のことをこなしていくうちに卒業となった。剣道三段というのも役に立った。
二年ほど交番勤務を経験し、多少仕事にも慣れてきたころだった。しばらくは地域課にいるのも良いだろうと考えていると、いわゆるスカウトがやってきた。
警視庁公安部への辞令を携えて。
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