第2話 残念な世界
その日の深夜――
自室でベットに寝そべるも、目が冴えてなかなか寝付けない勇者……。
仕方なく、月明かり差し込む天窓をじっと見つめてぼんやりしていると――
「目覚めし者、目覚めし者よ……」
勇者の耳に、ふいに謎の声が届いた。
「だ、誰だ……」
とっさにベッドから半身を起こした勇者。
「目覚めし者よ、今からあなたに1つのビジョンを授けましょう」
声の主はそう語り掛けた。
すると……勇者の頭の中に、自分の知っているカクカクのファーミオン王国とは全く異なる、壮麗で繊細かつ色鮮やかな王国の
「こ、これって……!」
「あなたが今見ているビジョン……それはかつてのファーミオン王国の真の姿そのものです……」
「これが……?」
「しかし、ファーミオン王国は遥か遠い昔、魔神によって強力な呪いを掛けられ、王国とこの世界から色と音と繊細さが取り上げられ、今のあなたが目覚めた世界のような……残念な感じに全てがスケールダウンしてしまったのです」
「スケールダウン……。あっ!」
「そうです、想い出しましたね? そしてあなたは……かつてそんなファーミオン王国の城下町で育ち、やがて魔神が次々と生み出す魔王を全て倒し、その魔神すらもあと一歩のところまで追い詰めた最強の勇者へと成長したのです」
「お、俺は……」
「しかし、あなたに討たれそうになった魔神は、寸でのところで自らの命と引き換えに、王国を始めとするこの世界全体に強大な呪いを掛け、今あなたが見ているような……残念な世界にしてしまったのです」
「そうだよ……。何となくだけど……想い出してきた……」
とビジョンを見せられたむ勇者は、たちまち自分を取り巻くこの世界と環境の不自然さを再認識させられた。
そして気付かされた。……かつての自分の過去生、並びに、自分が見せられたビジョンの世界こそ本来の姿なんだと……。
謎の声は続いた。「あなた自身もまた魔神の呪いによってスケールダウンさせられたのですが、私があなたを石化する事で、スケールダウンの進行を何とかその姿の時点で食い止めたのです。……しかし、それと引き換えにあなたは今日までの長い眠りに就くことになってしまいましたが……」
「何と……」
「その姿になってしまった事で、あなた本来の力も今は大きく弱体化されているはずです。昔のような無類の強さは見る影もなくなり、かつて魔王四天王の中で最弱とされ、実際に真っ先にあなたに倒された魔王ルシドラでさえ、今のあなたに倒す事は至難の業でしょう」
「…………」
「魔神は自分の命と引き換えに、この世界全体を覆う呪いとなりましたが、決して死してはおらず……消滅してもいません。魔神は今もなお呪いそのものとして健在であり、この世界をスケールダウンさせ続ける事で人々を苦しめています。……それだけでなく、魔神はこの1000年の間に再び力を蓄え、呪いを掛けたままの状態で今まさに完全復活しようとしているのです。……すなわち、かつての魔神よりも遥かに強大な力を手に入れて甦ろうとしているのです」
「…………」
「あなたを長い眠りから目覚めさせたのは、魔神の復活を阻止してもらう為……。魔神はすでに自身の意識の一部を切り取って魔王を一体作り、地の底で眠っていた魔物達を甦らせ、それらを率いて西の地方を攻撃し始めました」
「…………」
「今のあなたはハッキリ言ってしまえば弱者……。しかし、それは今現在に限っての事です。あなたには底知れぬ才能と力が秘められており、それを引き出せれば以前にも増した勇者としての才能と輝きとを取り戻せる事でしょう。……まずはこの魔王軍を殲滅してください」
「で、でも……今の俺は弱いって……」
「大丈夫です。私もあなたと共に参り、あなたの剣となり、盾となり、鎧となりましょう。私はあなたを加護する者――」
「えっ、あんたは一体――」
「……さぁ、勇者よ。その時が満ちました。今が再び戦いの時。旅立ちの時です」
そうして声は聞こえなくなった……。
何事もなかったかのように、再び真夜中の静けさに包まれた部屋の中……。
勇者はベッドの上でただボンヤリとしている……。
しかし、謎の声にビジョンを見せられた事で、勇者の脳裏には引き続き過去の記憶がポツリ、ポツリと少しずつ甦り続けていた。
止め処なく甦る記憶と共に物思いに耽る勇者……。
(ああ、本格的に思い出してきたわ……。確かに俺……大昔にこの王国で育って、魔物や魔王達を片っ端から倒しまくってたら勇者って呼ばれるようになって、それから……ラスボスの魔神を倒す直前までいったけど、最後にヤケを起こした魔神が急に禁断の呪文を唱え始めて……そしたら……)
(そしたら……魔神の存在が砕け散ったと同時に呪いが発動して……この世界と俺が急に退化し始めて、それで……退化の途中でさっきの声がして俺だけ石化されて、そしたら俺……退化は途中で止まったけど……そのまま深い眠りについて……)
(……で、当たり前だけど俺、そのまま死んだんだよな……。完全に石になったから……。さっきの声の主は俺を石化させた事で長い眠りに就かせたみたいに言ってたけど……。いやいや、んなワケないだろ。肉体は確かに石になって残ったけど、石にされたらこの俺様だって普通に死ぬわ……)
(つまり俺……実はアンタに殺されてたんだよ……。だから俺……長い眠りに就いてたって割には、最近の記憶があるワケだ……。死んでその後何度も生まれ変わって……直近で現代の日本に生まれ変わって、くだらねえ人生を送って……。最近ようやく長い刑期を終えてムショを出たってのに、トラックに撥ねられてすぐ死んじまって……で気付いたら、俺の魂が石にされてた勇者時代の古い肉体に再び宿った……みたいな……)
勇者は石化の魔法を掛けられた時にすでに死んでしまっていた。その勇者の生まれ変わりが彼であり、現代から異世界転生してかつての勇者時代の肉体に再び宿っていた。
(けどよ……俺を勇者、勇者と持ち上げるけど、そもそも何で俺がまた勇者ごっこなんてやらなきゃならないんだ……。そうだよ……さっきの声の主、滅びの天使エスティエル……あんたが魔神討伐をやればいい事じゃないか。俺より遥かに強いんだからさ……)
(なんたって……かつては魔神の力で魔王の一人にさせられて、悪逆非道の限りを尽くしていた俺を……完膚なきまでにボコッて叩き伏せ、その上で強制的に改心させて勇者に変えさせたほどの力があるんだからよ……)
さらに勇者は驚きと共に、ふと……ある重大な事を思い出してこう呟いたのだった。
「あれ……? そうだよ、何か見覚えあると思ったら、今のこの世界の姿って……前世の日本人だった時、ガキの頃に夢中になってよく遊んでたファミコンとかの昔のゲームのドット絵の世界っぽいんだよ……」
その後、聖なる祠から甦った勇者復活の噂は、あっという間に王国中や周辺地域の町や村々にまで広がって知れ渡り、勇者様を一目見たいとする人々がその身柄を保護した老人宅へ群がるように。
それだけでなく――
「た、たいへんですぞゆうしゃさま! おうさまがどうしてもあなたさまとおあいしたいとのことで、おしろのつかいのものたちがわがやへむかえにあがりました。いかがされますかな?」
勇者への関心は王宮にまで及び、王様からの勅令で勇者は召喚要請に応じざるを得ない事態に……。
さらには――
「ゆうしゃよ、まじんのふっかつをそしするのだ!」
(うーわ、超めんどくせぇ……)
王命により、魔神により掛けられたこの世界の呪いを解く為、各次元の呪いを司る『次元の魔王』を倒しに旅立たなくてはならなくなったのだった。
しかし、一ヶ月後――
「ぐああああっ!」
そこに、早々と最初の次元の魔王を倒した勇者の姿があった。
すると――
「ほおおおおおおっ! 何と! 何とぉっ!」
魔王が倒れた事で世界に掛けられていた呪いが一段階解除され、ファミコンのドット絵レベルだった人々の姿が……スーパーファミコンのグラフィックレベルに!
と同時に、退化していた人々の声帯まで蘇り、勇者と同様に古代ファーミオン語を喋れるように!
「勇者様! 万歳!」
(うわっ……。じいさんってこんな顔してたのかよ……)
そして、グラフィックがちょっとリアルになったじいさんの顔は意外と怖かった。
戦いは続く。
次なる次元の魔王がまたすぐそこに……。
ファーミオン王国物語 G・A・ラルチ @samariel13
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