ファーミオン王国物語
G・A・ラルチ
第1話 勇者復活!
その王国にはいにしえより、次のような王令を発布して王国民に生活上の規律を守るよう促していた。
・五人以上が並んで歩いてはならない。(隊列歩行の禁止)
・一箇所に65人以上が集まってはならない。(王国に無届けの集会の禁止)
・一人の者が意図的に二音以上の音を発してはならない。(二つ以上の楽器の同時演奏の禁止。生活音に関してはやむを得ないのでこの限りではない)
・個人が着用する衣服の色は2色まで。3色以上の衣服を着てはならない。(派手な服装への注意喚起)
一見、理不尽とも思えるこの規律。しかし……王国民は皆、王令を率先して守るようにしていた。
実はこの王令、決して理不尽なものではなく、仮にもし規律を守らないと、この世界特有の……以下のような現象が起きてしまうからである。
・もし5人以上が隊列を組んで歩くと、なぜか隊列者全員の存在感が希薄化してしまう。
・もし一箇所に65人以上が集まるとなぜか時間の流れが遅くなり、人が集まるほどにその遅さは増して、遂には時間が止まりそうになってしまう。
・ある一定の範囲内で同時に発せられる音は、楽器・生活音・人や動物の声・環境音の中から合わせて4音だけ。すなわち、一個人が複数の音を同時に発すると、他の音がかき消されてしまう。
・この世界では、一個人が自分の肌の色と含めて3色以上で構成出来ず、仮に3色の衣服を身に
故に王令はこれらを起こさない為に発布されたものであって、王国民もまた互いの迷惑も考えて、なるべく王令を遵守するようにしていた。
ただ、王国民はこれら現象について、生活上で大変不便を強いられているにも関わらず、特に違和感などは感じず、不思議にも思わず、『これは自然現象だから仕方ない』として、誰もが甘んじて受け入れて暮らしていた。……無理もないが、そこで生きる者達にとってこれら現象は……生まれた時から当たり前のものだったからである。
だから誰も変には思わなかった。
そう、
そんなファーミオン王国にある日、大騒動が起こった。
ファーミオン王国の北東に位置し、王国から距離にして約3km。王国が古来より代々管理するその聖なる祠は、凛とした空気の漂う深淵なる森の奥にひっそりと佇んでいた。
その祠に祀られていたのは、かつて王国の危機を何度も救い、勇者と呼ばれた人物を象ったと伝承される聖像。王国の人々は王族から庶民に至るまで、多くの人々が定期的に祠を訪れては、この聖像を『王国の今日が在るのは勇者様のおかげ』として半ば神格化して
だが、その聖像がある日、突如として
すると……聖像のあった場所には、見た者の誰もが思わず息を飲むような、異形の姿をした者が裸で仰向けに倒れていた……。
その姿は繊細にして、あまりにも優美且つ端正であり、目にした誰をも直ちに魅了してこの上なく虜にした。この世の者とは思えないほど美しく整ったその容姿に、見た者はただただ感嘆の溜息をこぼすばかり。このような美しく繊細な存在が実際にあり得るのか、と目を疑うばかりだったからである……。
中でも、たまたまその現場に居合わせた一人の老人は、その異形の者を見て思わずこう叫んだ。
「おおっ、こ、これは……! いにしえよりほこらにまつわるいいつたえのとおりじゃ。おうこくとこのせかいのききがおとずれんとき、ほこらにねむるうつくしきゆうしゃがせかいをすくわんがためにながきねむりよりめざめる。……でんしょうはまことであったか!」
それを聞いた周囲の者達は、改めて異形の者を見るとどよめいた。
「こ、このかたが……ゆうしゃさま!?」
あるいは、直ちにひれ伏してその存在を
湧き上がる参拝者達。
だが……同時に疑問を持つ者もいた。
「えっ……でも、ゆうしゃさまがめざめたということは……いま、おうこくとせかいにききがおとずれようとしているのか?」
特にその兆しも感じられないほど、ここ最近の王国の毎日は特に平和であった。だのに、そんな安穏とした世の中で勇者らしき人物は長い眠りから覚めた……。
「ん……うぅ……」
「ややっ!?」
その時、倒れていた勇者が目を覚まし、目をこすりながらゆっくりと半身を起こした。
「ん……ここは……?」
「おめざめですかな、ゆうしゃさま」
「おわっ!!」
「い、いかがされましたかな?」
(な、何だコイツ……人間……なのか?)
自分に話し掛けた老人に驚いた勇者。
なぜなら――
(こ、こんな……体の輪郭がカクカクした姿の……ブロックの集合体みたいな人間って……存在として有り得るのか?)
勇者の目にもまた、その老人が異形の者に見えたからである。
思わず老人の姿を凝視してしまった勇者……。それから周囲を見渡すと、自分を見つめる複数の者達もまた同じように体の輪郭がカクカクしていた。
(カクカク人間ばかりだ……。てか、周りの景色までも……。でも……このカクカク姿、どこかで見覚えが……。すごく懐かしい感じがするんだけど……)
確かに勇者には馴染のある姿でもあった。
しかし、思い出そうにもなぜかいまいち思い出せず……。
(えっと……どこでこんなカクカクを見掛けたんだっけ……)
「ゆうしゃさま……」
「えっ、勇者?」
「そうです、あなたさまこそおおむかしよりそのめざめがよげんされていたでんせつのおひと。……ワレワレはそのようににんしきしておりますが……ちがいますかな?」
「いや、いきなり勇者とか言われても……俺だってそんな自覚ないし……」
「ふぉぉっ!!」
「こ、今度は何だよ」
「ぬぅぅ、なんというみみざわりがよく、ききとりやすいこえ……。ワレワレとおなじことばをはなされているはずなのに、どこかちがうようにかんじられる。なぜじゃ……」
老人のみならず、周囲の人々もまた勇者の声と言葉を耳にして度肝を抜かれていた。
老人が言った。「これは……おそらくだが、ゆうしゃさまはこだいファーミオンごでおはなしになられているのではなかろうか……」
「何それ……」
老人によれば、古代ファーミオン語はかつてはファーミオン王国の誰もが当たり前のように話せていたのだが、今では喋れる者は誰一人おらず、古文書の中でその存在をかろうじて
その古文書の中には、人々が古代ファーミオン語を話せなくなった理由の記載もあった。それによれば……ファーミオン語は特殊な発声方法が必要なのだが、現代では人々の声帯が退化してしまったせいで、誰も喋れなくなってしまったのだとか……。
と勇者は思った。(……そういや、このじいさんの話し方はやけに聞き取りにくいな……。これが古代ファーミオン語を喋れる者と喋れない者の差なのか?)
「ああ……やはりあなたはゆうしゃさまにちがいない……。そのすうこうなおすがたとおこえ。ワレワレとはあまりにもかくがちがいすぎます。かみにえらばれたものでなければそうはなりますまいて……」
「そうなの……?」
「はて? ごししんとワレワレのすがたをみくらべれば、そのさはいちもくりょうぜんかと……」
「俺、今の自分の姿をまだ見た事ないんだけど……」
「なんと!」
と老人は周囲の人々に「だれか、だれかかがみをもっておらぬか!?」と呼び掛けた。
すると、一人の女性が「ここに……」と懐から小さな手鏡を取り出し、老人に手渡した。
「ゆうしゃさま、これを……」
すかさず手鏡を差し出した老人。これで自分の顔や姿を確認しろと言うことらしかった。
「ん、どれどれ…………ああっ!?」
と鏡の中には……明らかに老人や周囲の者達とは違う、繊細な顔立ちをした凛々しい男の顔が……。
しかし――
「えっ……何だよ、すごい持ち上げるからどんな神々しい姿かと思ったら、俺の顔も結構カクカクじゃん……」
「カクカク?」
「自分達の姿見てそう思わない? えっと……例えるなら……えっと……」
しかし、例えがうまく思い浮かばなかった……。せっかく何かに例えられそうだったのに、その『何か』が頭の中でモヤが掛かったようになってうまく思い出せなかった。
(えっと……何だっけ……ドが頭につく名前なんだけど……)
「うーん、カクカクですか……。ワレワレはうまれたときからこのすがたがあたりまえなので、とくにいわかんは……」
(まぁ、他に比べる存在がいなけりゃ無理もないわな……)
「ところでゆうしゃさま、いつまでもこんなところではなんですから、ひとまずウチへおいでになりませんか? ちゃんとしたおめしものもよういいたしましょう。ああ、とりあえず……それまではこちらでガマンを……」
と言って老人は、自分の着ていた長衣の肌着の上に一枚羽織っていた
勇者は手に取ってすぐに全裸の上にまとい、一応の体裁を取り繕った。
それから老人に導かれてファーミオン王国にある老人宅へ。
それから勇者は老人とその孫娘のリーヤからもてなしを受けてたらふく御馳走になり、腹が満たされると空き部屋を一室与えられ、そこを自室として使うよう老人に勧められた。
こうしてしばらくの間、老人宅にやっかいになる事になった勇者。
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