25.

 


「はいっ。この”レストレイド警部”には――があるんですっ」




■25.八つの署名 -The Sign of Eight-




「まずは最初に質問なんですが、みなさんは――”レストレイド警部の外見は?”――と聞かれた時、どんな外見的特徴をイメージされますか?」


 森谷ゼミの後輩・門石かどいしめぐみの”問い掛け”を聞いて――あいり先輩と俺が「ふむふむ」と思案する。


「そりゃあ、やっぱり――””――じゃないかしら?」

「うむ。俺もそんなイメージですね」

 あいり先輩の意見に俺が同意すると、それを聞いためぐみが「ですよねっ」と頷き返す。


 実際に、ワトソン博士は作中にて――

 例えば『緋色の研究』では「背が低く、少し血色の悪い、ネズミのような顔をした暗い瞳の男」「痩せたイタチのような」と表現し、また『ボスコム渓谷の惨劇』では「痩せたイタチのような顔つきで、こそこそと人目を忍ぶような、ずる賢い顔をした男」と表現している。


「先輩たちの仰る通り、おそらく世界中の読者が”レストレイド警部の外見”と聞かれれば――”目つきが悪くて、ずる賢い感じのする、痩せたイタチやネズミを思わせる小男”――を想像するかと思いますっ。ところが、これを読んでいただけますか――?」

 めぐみはそう言いながら――机上に置いてあった”一冊の書籍”を持ち上げる。



 それは、名探偵ホームズが『最後の事件』で消息不明となってから『空き家の冒険』で帰還するまでの”連載中断期間”に発表された…――”ホームズシリーズ”第三の長編小説『バスカヴィル家の犬-The hound of the Baskervilles-』――であった。



 めぐみは手に持っている古書『バスカヴィル家の犬』のページをぱらぱらと進めると…――あるページで指先を止め、そのページを開くように机上に置いた。


「ここですっ。物語終盤に『バスカヴィル家の犬』事件の真犯人を逮捕するために、ロンドン警視庁スコットランドヤードの”レストレイド警部”と合流するシーンがあるんですが、その時にワトソン博士は”レストレイド警部”のことを――『小柄だが、屈強な体つきの””のような男―”a small, wiry bulldog of a man”―』――と表現しているんですっ」

 めぐみが指差す文章を読み――俺とあいり先輩が息を飲む。


「えっ、ねえワトスン君、”小柄な体つき”はイメージ通りだとしてもさ……」

「そうですね。いつも作中では――”痩せたイタチのような男”――と描写されていた”レストレイド警部”が、どうして急に――”屈強な体つき”――とか――”ブルドッグような男”――と描写されているんだ?」


 俺が疑問符をこぼす中、あいり先輩は書棚から英語辞書を引っ張り出すとぱらぱらと索引を始める。

「えっとねぇ――”wiry”――には『屈強な』という意味以外に『針金の』という意味もあるみたいだわ! だから、今回の場合は『屈強な体つきのブルドッグ』ではなくて『針金細工みたいなブルドッグ』って意味合いなんじゃないかしら!?」


「それも十分にありえるが……。本来の”wiry”の意味は――針金のような””――を表現する英単語なんだよなぁ……。だからもし”人間の体つき”を形容するならば、通常は『屈強な』と邦訳するのが相応しく、別の意味合いだとしても――”筋張った”や”頑丈な”や”筋骨隆々な”――といった描写になると思います。いずれにしても”血色の悪い、痩せたネズミみたいな小男”を描写するには、少し違和感があるんだよなぁ……」

 俺の返答を聞いて、あいり先輩が「そうよねぇ」と困ったように頷く。


 そんな俺たちの会話を聞いて――めぐみがさらに”謎かけ”を口にする。

「そもそも”レストレイド警部”を動物にたとえる場合は――”イタチ”――がこれまでの”お約束”だったのに、どうしてこの作品だけは――””――を用いたんでしょうか?」


「そうよね、それが一番気になるわよね!」

「いや、だが、もしそうだとしたら…――」

 あいり先輩が頭を抱えて悩める中――俺は”ある可能性”に気づいて戦慄する。




「こいつは”レストレイド警部”じゃないぞ…ッ………っ…!?」



  ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


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