第6話 悩みはいくつも転がってる_2

「カナさん、これお守りがわりになりますか?」


 会話が途切れたところで口を開いたアンディが、自分の首にかけていたネックレスを外す。それは彼がいつも付けている小さなメダルのついたものだ。何の迷いもなく差し出してくるから、両手と首を同時に左右に振る。


「いい、大丈夫だから、悪いよ」

「迷惑ですか?」

「……う……ええと……気持ちは嬉しいんだけど、それ、大事なものなんじゃないの?」


 彼が毎日つけているのを知っている。時折大切そうに触っていることも知っている。心霊現象に困っていると聞いて渡してくれようとしてくれるところを見ると、お洒落じゃなくてきっとお守り代わりとして持っているものなのだろう。そんな大事なのであろうネックレスを、ワケの分からない本当に心霊現象なのかも怪しい現象に遭遇しているだけの、しかもただの仕事仲間が受け取れるはずがない。


「大事かどうかと聞かれたら、これは確かに大事なものです。しかし、今困っているのは私ではなくてカナさんです。これは、困っている人がもつべきものですから」

「そう、なの?」

「譲られるのが難しいのなら……そうですね、問題が解決したら返してください。貸すだけならば、受け取ってもらえますか?」


 いつになく強引に押し付けてきたアンディは、その手を私の首に回すとネックレスをつけてくれる。彼氏にすらやられたことのない行動に、緊張して身体がこわばる。


「カナさんに、ご加護を」


 私の身体に触れないよう慎重に持ち上げたメダルに、ちゅっ、と軽く口付けて上目遣いにほほえみかけてくる。


「ん……っっ!」


 変な声が出そうになる口を押さえて横を向く。特別な意味はないのだろうけどこんなことを素でやる人がいるだなんて信じられない。顔が赤くなる。汗も吹き出てきそうだ。助けを求めて真希を見ると感心したように腕組みをしていた。


「アンディ、あなたすごいわ……」

「? なにがですか?」

「天然タラシってこれのことね。私、アンディがホストじゃなくて良かった、って心底思ってる。こんなサービスされたら人生狂わされるお客さん続出じゃないの。全部むしりとられるんだわ。ああ怖い!」


 わざとらしく震えて見せた真希に困惑を浮かべたアンディは、私たちを交互に見て胸に手を当てた。


「怖いと言われましても、私はカナさんを心から心配して――」

「ただの同僚にでもそれでしょ? あれー? もしかしてアンディって伽奈のこと好きなの?」

「はい、もちろん」

「ひぇっ!?」 


 真希の冗談にアンディは曇りのない笑顔を返す。私は悲鳴を殺し損ねて変な声が出た。しかし動揺しまくる私をよそに、アンディは続けて「マキさんも好きですよ」とあっさり言ったのだった。

 ああ、そういう意味の……と気が抜けて椅子に沈み込む。

 ビックリした。まさかアンディが、って一瞬思ってしまった。心臓がトクトク鳴っている。昨日、あんな風に「守る」だの「一目惚れ」だの言われたのをまだ引きずっているのかしら。すぐそっちに勘違いしそうになるのは、良くないぞ私。


「ありがとう。少しだけ借りるね」


 指先で触れたメダルは熱をはらんでいる気がした。



 ヴヴヴ……ヴヴヴ……


 机の上でスマホが震える。それは、また母からのメッセージだった。

 ちらりと見ただけで画面を伏せてしまった私に


「そちらは、お母さまからですか?」


 視線を裏返しのスマホに投げ、物腰も柔らかくアンディは言う。

 真希と三人でご飯を食べた時にちょっとグチったことがあるのを覚えていたようだ。頷けば、可哀想に、とでもいうように肩をすくめる。


「大変そうですね」

「放っておけば良いんだから、無視し続ける忍耐力が私にあるかどうかの問題なんだわ」


 最悪、仕事中だった、と電話もスルーすれば良いのだ。スマホの上にハンドタオルを置いたのを見て、ふふっ、と彼は含み笑いをした。


「いざとなったら、私が行きましょうか」

「行くってどこに?」

「カナさんのカレシとしてご挨拶に行きます。私ではダメですか? どこからどう見ても日本人ではないですし……一応これでも長男ですし。そういうのは場合によっては好まれないと聞いたことがあります」


 アンディは真顔でそんなことを言ってくる。本気、ではないのだろうけどジョークにしては話が具体的だ。


「ねーえ、あんまりその調子でしゃべってると、本当に誤解されるわよ? 冗談にならないんだって、その顔で言われたら。アンディそっち方面でも天然なの?」


 伽奈もドギマギしないの、と怒られてしまう。露骨にときめいたつもりはなかったのだけど、こんな風に穏やかに柔らかく口説かれ慣れていないから、どうしても動揺しちゃう。今までは「好きだ」ってストレートに告白されるばかりで――


『ねえ、俺の恋人になってよ。良いでしょ?』


 思い出してしまった顔と声に、ボッと顔中が熱くなる。

 そうだ、あんな風にストレートに告白されたことしかなかった。ああいうのだったら、何となく受け流すことも出来るんだけど。って、今現在受け流せてないじゃないのよ私ってば……!

 思わず顔を覆えば


「ちょーっともう、大丈夫? 何なのよ、今の時間差照れは!」


 真希は呆れたようにファイルであおいでくれたのだった。

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