第3話 お近付きになりたくない人たちと事象
自分に言い聞かせてぐっと眉間に力を入れる。どっちにしろ、私の帰り道は男が立ちふさがっている方向だ。どいてもらわないと帰れない。
「私、あっちに行きたいんです」
男の背後を指差す。
邪魔しないで、と言外に含んでも、男は肩をすくめるばかりだ。少し右に動けば右に、左に動けば左に、どこまでも私の進路を妨害してくる。
「そっちには行けないと思うよ」
笑顔で言ってくる男をキッと睨む。
「そんなわけないじゃないですか。工事中でもあるまいし」
「ま、工事中ではないけどさ。でも、行かないほうがいいと思うよ。悪いことは言わないから、俺の言うこと聞いときなよ。ね?」
馴れ馴れしい態度に顔をしかめる。どうしてそんな初対面の人の言うことを聞かねばならないのか。しかもどう考えてもいかがわしい男。無理に決まってる。
「もう構わないでください」
「いや、だからさぁ」
ダメだって、とか言いながら腕を掴もうとする男の手を振り払って睨みつける。
「痴漢なら警察呼びます。呼ばれたくなかったら、それ以上近付かないで」
「……わかったけど、無理だと思うよ?」
なにもしないとでも言いたげに溜息まじりに両手を高く上げた男の横を通り過ぎて、素早く角を曲がり――
「うわあ?!」
またしてもぶつかりかけた相手が私を抱えて転がった。
――なになに! なんなのっ?!
硬いアスファルトの上に寝転がりながら目を白黒させれば、耳元でジュッと何かが焦げるような音がする。恐る恐る横を見ると、たった今まで私が立っていた場所がドロドロに溶けていた。
「な……なんなのっ!?」
思わず声に出る。
もう嫌だ。二連続で誰かとぶつかりかけて、その両方に抱きしめられるだなんて、こんなの夢だったとしても最低最悪のストーリー展開だ。レビュー欄があるなら最低評価を書きこんでやりたい。
――あれ? 私ゲームやってる最中だったっけ? VRの機材なんて持ってないけど?
なんて思ってしまったくらいには瞬間的に混乱した。石はそう簡単にコンクリの壁にめり込まないし、アスファルトもそうそう容易に溶けるものではない。こんなの、夢かゲームでもなきゃありえない。
「……なん、でここにいるの……?」
「え?」
ぽつりと呟かれた声はあまりにも小さく、よく聞き取れなくて聞き返す。私を地面に押し倒すような格好で上から覗き込んできているのは、またしても風変わりなデザイン――襟の大きなちょっとレトロな感じの黒いコートを着た人物だ。声の感じからして若い男の子。顔は、なにかのお面に目元が隠されていてよく見えなかった。
「……どういうこと?」
男の子が心底驚いたように言う。彼のひとりごとに対して『結界が破れてしまったのかな?』とどこから声がした。
「そんなこと、今までなかったスよね」
男の子は助け起こしてくれながら姿の見えない誰かに言って、私を背後にかばうように立つ。視線を上げた私がその肩越しに見たのは、真正面に浮かぶ巨大な影だった。
――なによ、アレ……
輪郭は魚。膨らんだ腹部のせいでまん丸になっている。魚は魚なんだけど、それは見上げる程に大きく、そして宙に浮いていた。
やっぱり現実ではありえないものを見た私の口はぽかんと開きっぱなしになる。
真っ黒な身体からはドロドロとヘドロのようなものが地面にしたたり落ちて、それがアスファルトをじゅうじゅうと溶かしていく。周囲に腐ったような臭いが蔓延していることにその時気付いた。
「……ぅっ」
意識した瞬間、急に気持ち悪くなって鼻と口を押さえる。
「な、に……あれ……」
私の質問には誰も答えてはくれない。
「すぐ終わらせるから、オレから離れないで」
それだけ言って、男の子は懐から銃を取り出した。それはまるで西部劇にでも出てきそうな拳銃。
――それ本物? なんでそんなの持ってるの?
もうなにがなんだかわからなくなって眩暈がしてくる。ちょっとだけふらついた私を気にしたらしい男の子のスキをついて魚が動いた。
それは、身を捩るようにうねらせて体当たりしてきた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます