第2話 忍び寄る気配_2
あっさり通話を切ろうとする彼を止める、通信料を買い足すからこのまま話しながら部屋まで来てほしいとお願いする。短い間であっても一人になるのはもう無理だった。
だらだらと話をしながら部屋にやってきた七央は『とりあえず、ビデオ通話にして部屋映して』と言う。ドア開けた瞬間に見えちゃったら怖い、こっち来たらどうするの、と訴える私に
『でもそれじゃオレ部屋に入れないよ』
帰ってもいいのかと意地悪なことを言ってくる。帰られて困る。仕方なく、ドアをちょっとだけ開けて手だけリビングに突き出し、ぐるっと撮って見せる。
『特になにもなさそう。大丈夫だから次は廊下も』
「キッチンも見て!」
『それは直に見るから、早く玄関開けてよ。これじゃ部屋に入れてもらえない男みたいで、人に見られたくないんだけど』
「う~~っっ……わかった!」
恐る恐る廊下も同じように撮影して見せて、大丈夫だという言葉を信じてダッシュで玄関ドアに飛びつく。でも焦るとカギはなかなか開かない。
「カナ姉、落ち着いて」
ドア越しに七央の声がする。開錠できたドアを勢いよく開けると、ギリギリの場所にいたらしい七央がのけ反っていた。
「あっぶな……」
「ごっめん! 一人じゃ怖くて」
「まあ、ケガしてないし、いいんだけど。じゃあ、お邪魔します」
怖がる様子もなく部屋に入っていった彼は断ってから全部の部屋を順繰りに覗いていく。
「なんにもないよ」
「本当に?」
「嘘ついてどうするの。ホラ」
ドアを大きく開けた七央の後ろからそっと部屋を窺い見る。確かに、どこにもなにもいない。でも、問題は流しに落としたケトルの中だ。
「ケトルに、な……なまくび、が」
「生首?」
なにそれ、と言いながら七央はケトルを持ち上げて引っ繰り返す。中からはなにも出てこない。軽くゆすいで水を入れると、台座の上に置いて勝手に沸かしはじめる。いつも通りの態度で、いつも遊びに来るたびに座っている位置に陣取った七央はもうスマホを取り出していた。
「カナ姉、疲れてるんじゃない?」
「そ……かな」
全部を確認してくれた人の言葉に、そうなのかも、という気になる。その気になったというよりも、彼の言葉を信じたい。そうしたら、少し安心できるから。
「なんにもないじゃん」
「うん。そっか。ごめんね、バイト上がりで疲れてるだろうに」
画面をタップしていた七央は視線を一瞬だけあげて、またすぐにスマホを見る。指先が忙しなく動いているので、ゲームをはじめたのだろう。あまりにいつもと変わりのない彼を見ていると、本当に見間違いだったのだろうと思えて肩から力が抜けた。
「カナ姉も仕事上がりでしょ。おつかれさま」
「七央もね、おつかれ。ごめん、変なことで呼び出して。あ、そうだご飯は食べたの?」
「うん」
「じゃあお茶だけでも飲んでく? それからなにか甘いもの……」
「飲み物だけでいい」
だったら、とミルクティを作って氷を入れて出してあげる。私も同じものを、こちらは温かいままで飲む。じわりとしみこむ甘さとぬくもりにほっと息を吐く。
少し落ち着けば、自分がさっきなにをしようとしていたのかを思い出す。
「あ。ケーキ」
「あるの?」
そういえばアレを食べようと思ってとんでもない見間違いをしたんだった。ケーキの消費期限は当日中だ。忘れないうちに食べてしまおうと冷蔵庫から取り出したケーキは、当然だけど一つしかない。お皿に乗せて七央のところに戻ると、妙に視線を感じる。
じっと見ている七央に差し出してみるが「いらない」と言われた。その割に、お皿ごとゆっくり左右に振れば視線がそれを追う。
「本当は欲しいんだよね?」
「ううん」
そう言うくせに、明らかに視線はケーキを欲している。バレバレなのに彼はまだ否定する。なんて素直じゃないんだろう。さっき、甘いものは要らないと言ってしまった手前、受け取りにくいのかもしれない。
腕を高く上げると、珍しく完全にスマホから視線を外した七央はお皿を視線で追い続ける。瞬きも忘れたようにじーっと見ているのを眺めていると、猫かなにかのようで笑いそうになる。
「正直に白状しなさい」
ほらほら、と鼻先に突き出す。
「……全部は食べられないから、半分だけ食べたい」
「よく言えました」
やっと正直に言った彼の分のお皿を持ってきて、適当にカットして大きい方を彼に渡す。表情豊かな子ではないから、あまり七央を知らない人だと気付かないかもしれないけど、彼は今とても機嫌が良さそうだ。ほわほわとした空気が見える。
「美味しい?」
「うん」
「よかったね」
「うん」
あっという間に食べ終わった七央は小さな笑みを浮かべている。一個は食べられなかったけど、可愛い幼馴染の幸せそうなレア顔が見られたから良し! と思うことにした。
その後ちょっとだけ話をして七央は帰っていく。最後にもう一度家全体を一緒に見回って、なにもないことを確認してくれたのだけど。
おやすみ、と言ってドアを閉めれば、もう冷静になったように感じていたのが気のせいだと気付く。一人になるとちょっとまだやっぱり不安で、その夜はあまり眠れなかった。
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