第2話 忍び寄る気配_1
さて、こんな非日常的な事件に巻き込まれつつある私、
一応彼氏アリ。
我ながら夢見がちだとは思うけど、その昔には「格好良い男の子に守られたい」とか「イケメンに追いかけられたい」とか思っていた。今や二十代半ばも過ぎて、さすがに本気で「いつか王子様が」なんて思ってはいないけど、小さいころはいつか私をお姫様って呼んで一途に好きになってくれる格好良い男の子が現れるんじゃないかと期待していた。
私を無条件に愛してくれる彼と幸せな結婚をして幸せな結婚生活を送るんだ、なんて思っていたのだ。
もちろん、現在進行形でそこまで夢見ているわけではない。しかし、心の奥深くに植え付けられた憧れっていうのはとても厄介なものだと心底思う。
基本的に誰からも嫌われたくないタイプだと自覚してる。いわゆる、短所は八方美人というやつだ。だから断り切れずに面倒なことになったことも、今までの人生において両手で足りないくらいにはある。
寂しがり屋なので一人が嫌い。頼られたり必要とされると嬉しくなってしまうものだから、安請け合いしてしまうこともしばしば。好きだと言われてしまえば、優しくしてくれるその人とついついその気になってお付き合いをして、結局はなんだかうまくいかなくなって別れるのが常だ。
歴代彼氏は全員優しくてという印象の人ばかりだった。少なくとも、付き合いだしてすぐくらいまでは自慢の彼氏だった。
付き合っていくうちに変わってしまった彼から手酷くフラれたのだという報告をした時には、友人たちから「そういう本性だったってことだよ。早くわかってよかったじゃない。変なのと結婚しなくてラッキーだったね」などとフォローされたけど、なんで毎回こうなるのかと落ち込むばかりだ。
尽くして尽くして、彼に釣り合うようにと努力してきたのに毎度上手くいかなくなるのだから、なにかしら自分の中にいけないポイントがあるのだろうと薄々気づいている。最終的には、つまらないとか好きな子ができたとか言われていつもフラれてしまうのだから、彼らにとって私は魅力的ではなかったのだろう。
――魅力的な女性って、どういう感じなんだろう。
見た目が綺麗とか、身嗜みに気を使っているとか、美意識が高いとか。それもやりすぎだと敬遠されるものだというのは知っている。
じゃあ中身?
そりゃそうなのだろうけど、そこら辺に関しては一般常識や良識的な部分がハズれていなければ、残りは全部好みのような気がしないでもない。
――難しい。
ひそかに溜息をつくばかりだった。
今はフリーということになっているが、この家で半同棲していた元カレがなんだかんだと遊びに来る。元カレの達也いわく「友達だから来られるんだよ」だそうで。こちらとしても彼に未練はないつもりだからどうぞご自由に、ということにしてはいる。それに、達也の目的は私でない。彼が私と完全に縁を切る踏ん切りがつかないのは、そんなことをしたらゲーム上手な私の幼馴染と一緒に遊ぶことができなくなってしまうからだ。彼女よりゲームの方が大事なのか、となんども腹立たしく思ったのを思い出す。
そんなことを考えながら、その日もスーパーで見つけたつやつや丸々なナスを入れて作ったボロネーゼを口に運んでいた。
――今日も美味しくできてる。上出来。
部屋にテレビはあるけど、見るのはもっぱらスマホでの動画。小さな画面を眺めながら一人夜ご飯を食べる。もぐもぐしながらなにか面白いものはないかと検索していると
バンッ!
突然、窓が外から叩かれた。
「キャッ……!?」
悲鳴を上げて窓の方を見る。でもカーテンが閉まっているからなにも見えない。なに? と恐る恐るカーテンの隙間から覗いてみたけど、やっぱりなにもなかった。
「なんだったの?」
鳥でもぶつかったのかな、と窓を開けてベランダを隅々まで見回す。けど、やっぱり何もない。おかしいなあ、気のせいじゃなかったと思うんだけど。
疑問に思いつつ窓とカーテンを閉めて部屋に戻った私は、やっぱりちょっとだけ怖かったから笑える動画を選んで音量を大きくする。バカらしいそれをみているうちに、不安な気分はうすれていった。思えばこの時からなにかがおかしかったのだけど、でもそんなこと、その時の私は知るはずもなかった。
落ち着いてきたところで、冷蔵庫の中にケーキがあるのを思い出す。あまりに美味しそうで、ついつい買ってしまったものだ。季節限定のものって、どうしてこんなに魅力的なんだろう。甘い美味しいものでも食べたら気分転換になるかしら。そんなことを思って食べ終わった皿を手に部屋の隅にあるカウンターキッチンに向かう。
途中、少しだけ開いていた廊下のドアに手をかける。ドアを引いて閉める直前、なにかが廊下を横切った気がしてビクッと身体が震える。なにせさっきの音の謎は解けていない。見間違えだと思っても、怪奇現象っぽく感じてしまい一気に怖くなった。
「え……なに……?」
見直す勇気は出なくて、思わず声がもれる。きっと何もないはず。そう思うけど、心臓はバクバクいっている。怖い。でも、確認するなんてのは無理。
「……気のせい! ほーんと、最近ちょっと疲れてるからなぁ」
大きな声を出して怖さを打ち消す。
「今度の休みは何しようかな~。ショッピングもいいし映画でも――キャアアアァ!」
電子ケトルに水を溜めようと蓋を持ち上げて覗いた私は、悲鳴をあげながら流しにそれを落っことした。しゃがみこんで耳を塞いで悲鳴を上げる。
ケトルの中、そこに人の顔があった。どす黒くしなびたような人間の顔が入っていた。まるで、そう……干し首みたいな。
思い出して、鳥肌が立つ。
どうしよう。確認しないとダメ? でも怖い。
震える唇を両手で押さえて乱れる呼吸を整える。どうしよう。どうしよう。混乱しているとスマホが鳴った。這うようにソファまで戻ってスマホを手に取る。誰でもいいから繋がっていたい。そんな気持ちでロクに画面も見ないで通話に切り替える。
「もしもしっ」
『どうしたの?』
「あ、あ……
『なにかあった?』
心配そうな声が聞こえてくる。知ってる人の声に安心して泣きそうになった。
「なお~……怖いよぉ、どうしよう」
思わず泣きつくと、幼馴染の七央は落ち着いた声で聞いてくる。
『怖い? なにが』
「わかんないけど、オバケみたいの見たの」
彼は冷静というよりも感情の起伏が大きくないタイプだ。こういう時に一緒にパニックにはならなさそうで、声を聴いているだけで安心する。
『どこで? カナ姉の家?』
「そう、家。廊下にもさっきなにかいたような気がするし、キッチンにも……」
言いながら、唯一なにも見ていない寝室に逃げ込む。大丈夫、この部屋にはなにもいないみたいだ。電気を全灯にして布団を身体に巻きつけ壁を背に座り込む。こちらの様子を聞いていた七央は、いつも通りの感情の見えない声で言う。
『……オレ、今バイト終わって帰るところだから、ちょっと寄ろうか?』
「ほんと? 助かる」
『わかった。ちょっと待ってて。一〇分で行く』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます