第13話 壊れ果てた世界
「アッシュ……!」
アッシュが館に帰ってくると、クレアが真っ先にアッシュに駆け寄り、抱き着いた。
「クレア……どうした? 急に」
そう聞いても、クレアは何も答えない。
「えぇ……」
「アッシュ、どうだった?」
バイオレットは話を切り替えてそう聞いた。
「なんとかできるかもしれない。まだ確定じゃないけど」
「そっか。それならよかった」
それを聞くと、バイオレットはクレアを連れて子供たちの館に向かった。
「ごめん。私……クレアちゃんのこと、上手く見てあげられなかった」
バイオレットがいなくなると、アリシアがそう言った。
「別にいい。何があったかは聞くが」
「うん……」
そして二人はアッシュの部屋に入り、中にある椅子にそれぞれ座る。
「それで、何があった?」
「私には、クレアちゃんの気持ちはわからない。だから、上手くできなくて。クレアちゃんが怖いって思ってることもわからない。私が経験したこと以上だってことはわかってるけど……」
気持ちがわからない以上、寄り添うこともできない。
「そうだよな……じゃあ、見てみるか? クレアの世界。クレアほどではないけど、少しはわかるんじゃないかな」
「えっ……? 私が行ってもいいの?」
「ああ。アリシアはもうこっちの人間だからな」
「……行ってみたい」
「そうか。じゃあ行くか。本当にそこに母親がいるのかも知りたいし」
「うん……」
それから間もなくして、アッシュとアリシアはクレアの世界に降り立った。
二人の服装はさっきまでとは異なり、この世界の一般的な服装に変わっていた。
アッシュはワイシャツに長ズボン、何度も来ているせいか薄汚れた上着を羽織り、革のブーツを身に着けていた。
そしてアリシアはクレアと似たような服装で、ワイシャツの上に主な留め具が革のベルトになっているワンピースを着ていた。
「何……これ……」
「この世界はこれが普通」
「そっか……この世界って、どんな世界なの?」
「そうだな……アリシアの世界ではもうすぐ完成するであろう蒸気機関。この世界ではちょうどそこから内燃機関に移り変わり、一気に発展したところだった。流れが速すぎて、文化は蒸気機関の時代のままってとこ」
「何だかよくわかんないけど……そのうちわかるってことだよね?」
「まあ、そうだな」
アッシュは説明しながら、アリシアの服を見る。
「何?」
「いや……」
アリシアは視線に気付いて少し問い詰める。
「この世界では神の祟りが起きたばかりで、その服だと綺麗すぎて目立つかもなーって」
「なるほど……じゃあ、」
そう言うと、アリシアは灰混じりの土を地面から拾い上げ、ワンピースのスカートにかけた。
「お、おぉ……結構大胆に……」
アッシュは少し引いていたが、自分でやってくれた方がありがたかった。
「これでいい?」
「ああ。……じゃあ、行こうか」
「うん」
そして二人は、街の中に出て行った。
街の姿は酷いもので、かろうじて建っている建物が今にも崩れそうに建っていて、地面には崩れた建物の瓦礫があちこちに積み上げられていた。
何とか開けられている道は舗装されていた跡だけがあって、歩きやすいとは言えなかった。
「うわぁ……」
アリシアは、見たことがない景色に、言葉も出ないようだった。
「神の祟りでこの世界は壊れた」
「神の……? ってことは、アッシュも……」
「神にもやらなきゃいけない時っていうのがあるんだ。アリシアの世界はまだまだ先の話だし、あの世界は調整できるから大丈夫」
「そっか……色々大変なんだね、神も」
同情されるのもどうかと思うが……わかってもらえればいい。
だが、いつかそういう日が来るかもしれないということをアッシュは改めて実感した。そんな日が来ないことを願うばかりだが。
「逃げろ!」
アッシュがそんなことを考えていると、急にどこかからそんな声が聞こえ、その方向から何人もの人間が走って逃げてくる。
「何があったんだろう……」
「アリシアはここで待ってろ」
アッシュはアリシアにそう言うと、人々と反対方向に走って行く。
だがアリシアは待っていることができず、アッシュの後を追った。
すると、アッシュたちの目の前に、オオカミのような獣が現れた。
鋭い目はアッシュのことを睨み、唸り声を上げている。
「おい、あんたも早く逃げろ!」
「心配には及びません。あなたこそ、逃げてください」
最初に声を上げた男にアッシュはそう言うと、オオカミのことを睨み返す。
すると、オオカミはアッシュに向かって真っ直ぐ飛び掛かって来た。
思わず、アッシュの後ろにいた男とアリシアは目をつぶってしまうが、アッシュはとても冷静だった。
アッシュは上着を脱いで太い紐のようにして持ち、オオカミが近づいた瞬間に目の前に広げる。オオカミはその紐に噛みつき、その紐ごとアッシュに投げ飛ばされる。
投げ飛ばされてひるんでいる間に、アッシュは近くの瓦礫の山から鉄パイプを引っ張り出し、体の前に構える。
オオカミはそんなこと気にしないほど興奮状態にあり、アッシュ目掛けて再度飛びついてくる。
アッシュの思い通りにオオカミが鉄パイプに嚙みつくと、そこでアッシュはオオカミの目を見て数秒動きを止める。
すると、オオカミはすぐに大人しくなり、人気のない方向に逃げるように去って行った。
「ふぅ……」
アッシュは普通に一仕事終えたように息を吐く。
「アッシュ……!」
「アリシア……待ってろって言ったのに……」
「ごめん」
「いや。想定済みだ」
だったら何事もなかったかのように話してくれればいいのに……とアリシアは思ったが、口には出さなかった。
「なあ、今の何だったんだ? あんなに大人しくなるなんて……見たことがない」
今度はさっき後ろにいた男がそう話しかけてくる。
「あ……えっと……ああいうのには慣れてるんで。今のは、まだ懐きやすい方でしたし」
「ありがとうございます」
「いえ。これでしばらくは寄ってこないと。毎日こんな感じなんですか?」
「はい。大体、建物に隠れていれば襲っては来ません。多少の食料は取られていますが……命の方が大事なので」
「そうですか……」
アッシュは今の発言をしっかり記憶しておく。
「それでは、私たちはこれで」
これ以上何も聞かれたくないと、アッシュはそう言って人がいない方向に早足で歩いて行った。
アリシアは小走りでその後を追った。
◇ ◇ ◇
「どうだった? アリシア」
神の世界に戻って来ると、アッシュはアリシアにそう聞く。
「神の祟りがどんなものか、本当のことはわからない。でも、一瞬であんな景色にしてしまうのだから、どれほどのものかはわかった。でも、やっぱりわかんないや。クレアちゃんの気持ちは」
「それでいい。あえて知ろうとしなくていい。自分がわかることだけでいい。変な同情は、逆に傷つけてしまう」
じゃあ何で、わざわざあの世界に……?
アリシアはそんな疑問を浮かべる。
「ただ……俺の助手をするなら、ああいう世界をいくつも見なきゃいけなくなる。アリシアには、その覚悟があるか?」
「覚悟……」
「壊れ果てた世界、生きる気力を無くした人々、狂暴化した獣。それなりに危険も伴う」
「……大丈夫。私、それでも、アッシュの手伝いがしたいから」
「……そうか」
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