第11話 終末神

「また来たのか、勇者」

「ああ、来たさ」

「否定しないんだ」

「ああ。……だって、今の俺は、あの世界を救う勇者だからな」

「何だそれ。ついに頭がおかしくなったか? あんな役職を続けすぎて」

「別に」


 二人の会話はそんな言い合いから始まる。


「今度は何の用だ。アクセス権限は与えたぞ」

「それには感謝する」

「じゃあ何で……」

「もう一つ、頼みがある」

「は?」


 そういう反応になるのも当然だ。そこまで恩も無いのに、二回も頼み事をされる義理はない。


「その世界を再生させないか?」


 クレインは、そう言うと思っていたと言わんばかりの表情をする。


「……何言ってんだよ。この世界はもう終わった終末世界。再生などできない」

「できない根拠はあるのか? うちには切り札があるって言うのに」

「それには、終末世界の認定取り消しからどうにかしないといけないんだぞ?」

「お前が本気を出せば、それくらいはどうにかなるだろ」

「提案しておいて無責任すぎる」

「一緒にやらないとは言ってない。まあ、お前がやる気なら、な」


 アッシュは煽るようにそう言った。


「……理由は何だ」

「あの子が仮に世界に戻ったとしても、生活していけない。最悪死ぬ。そんな結果じゃ、保護した意味がない。それが理由だ」


 それはクレインもわかっていることだ。

 今の世界にこれ以上人が増えたらどうなるか、そんなことくらい。


「無理だ」

「じゃあ、何でお前は自分の手で世界を終わらせなかった? お前は人々が苦しんで死んでいくところを見たい、なんてサイコパスな奴じゃない。かと言って、仕事をミスするような奴でもない。世界の再生を目的に、祟りを起こしたんじゃないのか? 逆鱗に触れた何かを、排除するために」

「お前は俺の何を知っている? わかったような口でモノを言うんじゃない」

「確かに、俺はお前のことを表面的にしか知らない。だが、大抵の人間が考えることくらいはわかる。どれだけ生きてきたと思ってるんだ」


 クレインは、何も言い返して来ない。下を向いて、何かと葛藤しているかのようだった。


 少しの間を置いて、クレインは大きく息を吸う。


「……俺だって、こんなことしたくなかったよ……!」


 クレインは叫ぶようにそう言う。


「これは、俺を守るために、他の世界を守るためにやったんだ……! やらなかったら、他の世界との扉が開いて、戦争になっていた。そうなれば、俺も手が付けられないし、責任だって……やらなきゃならなかったんだ!」


 クレインが言ったようなケースは、よくあることだった。世界と世界の間は狭く、何かの拍子に繋がってしまうことだってある。よく起きることだが、それによって多くの世界が消えて無くなってしまった。


 クレインは正しいことをした。神であるならば、誰だってそう言うだろう。


「……じゃあ、再生させる気はあるんだな」


 アッシュの問いかけに、クレインは俯いたまま何も答えない。


「お前のしたことは、確かに世界を破壊したかもしれない。でも、それが間違っていただなんて俺は思わない。お前はその世界の神として、できることをやった」


「やれ、クレイン」


 アッシュはクレインの目の前に立ち、クレインの胸ぐらを掴み、そう言った。


「……わかった」


 クレインは少し考えた後、そう言った。


「ただし、お前も協力しろ」

「もちろん」



  ◇  ◇  ◇



 それから二人は、神の世界の中心部にある本部の大きな建物に向かった。


 宮殿と言ってもいいその建物は、何度来ても慣れないものだった。


 ここには何人もの神の拠点があり、その全てが二人よりも上の位に位置する神だ。ここを訪れるということは、その時間はかなり気を使わないといけなくなる。普段ほとんど他人と話さない下っ端の神たちにとって、それはかなりの負担だった。


 それが慣れない理由だ。



 二人はその建物を迷うこと無く進んでいき、ある部屋の前で立ち止まった。


 そこで二人は顔を見合わせてうなずき、クレインが扉をノックした。


「はい」

「クレインです」

「入れ」

「失礼します」


 クレインが扉を開けると、中には一人の男がいた。


「クレイン、それに……これはこれは、勇者さん。お久しぶりです」

「……どうも」


 さすがのアッシュでも、言い返す勇気はなかった。


 この男は、主に終末世界の管理を担当する終末神――ロランだ。


 もうすぐクレインの担当する世界は、この男に引き継がれる。今日はそれについて話をしに来た。


「わざわざ勇者が来たってことは、何か言いたいことでも?」

「はい」


 クレインはロランの目を真っ直ぐ見つめる。


「何だ。いつもと雰囲気が違うな、クレイン。話があるなら、さっさと言え」

「単刀直入に、あの世界を終末世界とするのをやめてほしいんです」

「……は?」


 ロランの表情が一気に変わり、クレインを睨みつける。


「俺は、あの世界を潰そうとしたわけじゃない。再生のために祟りを起こした」

「前と言っていたことが百八十度変わったな。なぜだ? なぜ考えを改めた? 勇者のせいか?」

「あの時は……あなたが俺のところに来て、そう言ったから……従うしかなかった。それからあなたは何度も来て、同じことをした。そして、偽物の考えを植え付けられて、俺の全てが壊れた。でも、アッシュが気付かせてくれた。これが俺の本当の思いなんだって……」

「勇者か……」


 ロランの視線がアッシュに移る。その視線は、とても鋭く冷たいものだった。


「おい勇者」

「何ですか」

「何のつもりだ。他の世界に手を出して」

「こっちにはこっちの事情があるんですよ」

「それは何だ?」

「うちにいる子供の中に、その世界から保護した子供がいるんです。その子は、その世界に帰る前提で保護した子供。世界を無くされちゃ困るんだ」


 アッシュはロランに事情を説明する。だが、それをわかってもらおうだなんて思っていない。


「世界の存続に私情を持ち込むな」

「だから俺は何も言わなかったんですけど」

「クレインに何を吹き込んだ?」

「吹き込んだのはそっちだろ」


 アッシュはついにロランに敬意の欠片もない発言に及ぶ。


「何だその言葉遣いは……!」

「どうせ俺たち同期だろ?」

「今は位が違う。同期だなんて関係ない」

「何を選んだかだろ。俺は終わっていく世界を見たくなかったから青鳥屋になった。お前は出世を選んだ。別に実力で出世したんじゃない」

「どう出世しようと関係ない。競争もしてこなかった箱入り息子にはわからないだろうが、な」

「俺はいくつもの戦場を経験してきた。競争よりも酷いものだ。比較できるもんじゃない」

「くっ……」


 それを言われたら、ロランは何も言い返せない。


 それほどまでに、アッシュの人生は灰色なものだった。


「……わかったよ。だが、覚えとけよ? 勇者」

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